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18切符旅日記
糸魚川の旅(13.8.25〜26)


糸魚川の旅
平成13年8月25日(土)〜26日(日)

8月25日(土)晴れ
昨夜9時就寝
本日 3時前目覚めた。
0620 官舎発

普通岐阜行

浜松  0651
豊橋  0725

普通豊川行

豊橋  0741
豊川  0756

稲荷弁当 450円
お茶   150円




名所
豊川稲荷
曹洞宗妙厳寺境内にあり、守護神はタキニシンテン。

普通天竜峡行

豊川  0824
天竜峡 1151

歴史と民話の郷 佐久間町から

ほうじ峠の地蔵様
 昔、むかし、ほうじ峠の林にひとりのそま(きこり)が
住んでいました。ふるさとの飛騨の国に、かわいい子供ら
とおっ母を残し、きこりの仕事に精を出していた。
 村の衆は、ひとりぼっちで暮らすそまを気にかけ、何か
と親切にしてやった。そまはあいそがよく、村の子供らと
遊んだり、怪我をした熊の子を助けたりして、みなにたい
へん好かれていた。
 そまがほうじ峠に住みついて三年目の秋の夜、峠をあら
しがおそい、旅の男が助けを求めて来た。人のよいそまは
男を小屋に入れ、いろりの火で体を暖めてやり、男のすす
められるまま酒を飲んだ。
 あらしが去った翌朝、なかなかおきてこないそまを心配
して、村の衆がやって来た。すると、何ということか。小
屋はさんざん荒されそまは息絶えていた。泊めてやった旅
の男に殺され、子供らやおっ母のためにけんめいに貯めた
金は、そっくり盗まれていた。
 村の使いの者が、遠い山道を越えて、そまのふるさとの
飛騨へ、この悲しい知らせを伝えると、子供らとおっ母は、
驚いて泣き悲しんだ。そして、そのあわれな姿に、使いの
者も涙がとまらなかった。
 この後、いつのころかほうじ峠にお地蔵様が建った。や
さしかったそまをしのび、ふもとの衆が建てたもので、お
地蔵のまわりには、楽しそうに遊ぶ子供らの姿が、絶える
ことはなかったそうである。



中部天竜駅で30分の待ち合わせ。(1000〜1030)
佐久間レールパーク見学(無料)
場所:飯田線「中部天竜」駅構内
開館時間:1000〜1600





水窪(みさくぼ)〜大嵐(おおぞれ)〜小和田(こわだ)
水窪:山住神社
大嵐:
大和田:三県境界駅(静岡、愛知、長野)


雨乞い
台風の目は異次元の入り口
やさしさ、強さ、勇気、英知
特攻隊、ホロコースト、死刑囚

普通飯田行ワンマン

天竜峡 1151
飯田  1221

快速下諏訪行

飯田  1229
岡谷  1434

稲、葛の花、萩
南アルプス、中央アルプス、駒が岳


第四の世界
太郎は飯田線に乗っていた。
水窪を過ぎ大嵐に近づいた頃、風雨が強くなり始めた。
大嵐の駅に到着する頃、ちょうど台風の目に入ったよ
うで、風が無くなり、青空がのぞいていた。
空から龍が舞い降りてくると、太郎の手を取り、その
まま空に舞いあがった。光りのトンネルを通り抜ける
と、異次元の世界に入り込んでいた。いままでの世界
と同じであるが、どうも変だ。周りの人は太郎を見え
ないらしい。太郎は住んでいる家のことを思った。す
るとそこに瞬間的に移動してしまった。父と母がいた。
空間は、思った所へ瞬間的に行けるらしい。
ふと、ある少年に注意を向けていた。龍の意志が働い
ているらしい。

死刑囚島秋人である。
2000円の金を奪うため農家に押し入り、その家の、
奥さんを殺し、ご主人に重傷を負わせる大罪を犯し、
33歳の若さで、死刑を執行された。彼の名前は中村
悟、父は元警察官で.、よい暮らしのはずだったが、太
平洋戦争終了の直後でもあり公職追放にあい、母は病
身で彼の小さいうちに亡くなった。
父は魚などの行商をやり細々と生計をてたてていた。
従って、生活は赤貧洗うが如しの毎日だった。彼はこ
の辛い生活に耐え切れず、中学を中退し、何回も少年院
へ行ったり来たりしている内に、最後にこの大罪を犯
してしまった。
彼は死刑が確定してから、独房の中で、今までのことを
振り返ってみた。何一つとしてよい事は思いでにはなか
った。彼は幼少の頃から、体が弱く、何をやっても人に
勝てず、学校の成績もいつも最下位だった。いつもいじ
められてばかりいた。そんな彼にもたった一つよい思い
出があった。
それは中学で図画の時間に、先生に画は下手だが、構図
がよいと誉められたことだった。彼は先生に手紙を書い
た。先生はその手紙を何回も読みなおしてから、奥さん
に黙って渡した。手紙には一首添えられていた。
「錆つきし 釘を拾えし 獄残暑」
奥さんはこの歌を見て、この子は短歌を指導したら、見
こみがあると思った。それから奥さんと彼との文通が始
まった。奥さんからいろいろと指導を受けたお蔭で、毎
日新聞の歌壇にも登場するようになり、やがては時々入
賞する様にもなった。しかしながら、やがて彼には来る
べき日がやってきた。昭和42年11月12日死刑は執
行され、短い生涯を閉じた。
「彼の歌集」
 師の妻の 文に目覚めて よちよちの 歌詠み生きる われは死刑囚
 死の刑に おびえつ吾は 今日もまた ちり紙に綴る  つたなき短歌
 君が植えた 朝顔が よく咲いたよと 看守長の 便りとどきぬ
 流し場に 水はり映し 自画像を 描きうる吾は 幸せと思う。
 握手さえ 阻む網目に 師が妻の 手のひら添えば 吾も押し添う
 うすあかき 冬の夕陽が 壁を這う 死刑に耐えて ひと日 生きたり
 温もりの 残れるセーター たたむ夜 ひと日の命 もろ手に愛しむ
 君と吾 触れ合う日なき 愛に燃え 心添えつつ 清められたり
 睦みあう ことなき愛に 花濡れて 素直に君は 妻と言い添う
 わが罪に 貧しく父は 老いたまい 久しき文の 切手逆さなる
 更けてより 激しさまして 降る雨に うたるるものを 眺め安ろう
 極刑と 刑が決まりて 蟻の這う あとを指にて 辿りいたりき
 上告も まかりならずして しみじみと いのちあるもの みな親したしかり
 被害者に 詫びて死刑を うくべしと 思うに空は 青く生きたし
 母よりと 文の終わりに 記されて あやめし罪の 重きを知りぬ
 童貞の 身の寂しさに こおろぎの すむ声かなし 寝返りうてば
 君を知り 愛つぐる日の 尊くて 命せまる身 燃えていとうし
 燃えるとも 濡れるともある めしい病む 君のかわゆき かなの文読む
 この澄める 心あるとは 知らずきて 刑死の明日に 迫る夜温し
 http://www.est.hi-ho.ne.jp/hakkoda/home5.htm

龍が現われうなづいた。
第二次大戦で若い飛行機乗りが水杯を酌み交わしていた。
エンジンを始動し、離陸して、青空に消えた。
アメリカの艦船に体当たりして消えて行った。
神風特攻隊の若人であった。

特攻隊の遺書があった。

何も書く事はありません。 只御両親様及び久美子の健在を
祈るのみ、勲は決して人におくれはとりません。潔よく散
るのみです。目標は正規空母です。十日位したら徳島海軍
航空隊第14分隊5班、上野功君に便りして下さい。 写真は
受けとったと泣かずにほめて下さい。幸多かれと祈るなり、
親戚の皆様に宜敷く。孝養を頼むぞ久美子、安よ頑張れ。
  宮崎航空基地にて
御両親様     

神風特別攻撃隊第六菊水隊
昭和20年5月10日 午后5時48分
海軍一等飛行兵曹 伊東 勲 享年20才
大分県九重町町者原出身 乙飛18期 


謹啓 御両親様には、相変わらず御壮健にて御暮しのこと
と拝察致します。小生もいらい至極元気にて軍務に精励い
たしております。
今までの御無沙汰致したことをお詫び致します。本日をも
って私もふたたび特攻隊員に編成され出撃致します。出撃
の寸前の暇をみて一筆走らせています。
この世に生をうけていらい十有余年の間の御礼を申し上げ
ます。
沖縄の敵空母にみごと体当りし、君恩に報ずる覚悟であり
ます。男子の本懐これにすぎるものが他にありましょうか。
護国の花と立派に散華致します。私は二十歳をもって君子
身命をささげます。
お父さん、お母さん泣かないで、決して泣いてはいやです。
ほめてやって下さい。
家内そろって何時までもいつまでも御幸福に暮して下さい。
生前の御礼を申上げます。
私の小使いが少しありますから他人に頼んで御送り致しま
す。何かの足しにでもして下さい。近所の人々、親族、知
人に、小学校時代の先生によろしく、妹にも......。
後はお願い致します。では靖国へまいります。
四月六日午前十一時記す

神風特別攻撃隊第二御盾隊銀河隊
昭和20年4月7日
海軍一等飛行兵曹 松尾 巧 享年20才
佐賀県出身 乙飛17期


 
攻撃直前記す。
御姉上様、合掌、最後に当たり何も言うことはありません。
僕が常夏の国南米伯国より日本の国へ帰って、何も知らない
僕を、よく教え導いてくださったことは、心から感謝してお
ります。
身を海軍に投じて以来未知の生活、日本の兵隊生活は最後の
魂の道場でした。海軍に入営してより、日夜の訓練によって
心身共に磨き清めて来ました。今、国のために散って行く私
です。
日本に帰るときに母様より呉々も言われた事、頼まれたこと
を果さずに散ってゆくのは心が残ります。
最後に年老いた両親に迷惑かけたことを、深く悔やんでおり
ます。
今私は澄んだ気持ちです。白紙の心です。皆々様もお元気に。
では私は只今より攻撃に行きます。再合掌。

姉上様

昭和20年8月9日
一飛曹 高須孝四郎 23才
神風特別攻撃隊第四御盾隊第二流星隊員として、本州東南洋
上にて戦死



今度攻撃命令を拝して、出撃することになりました。日本男
子の本懐これに過ぐることなく、喜びに耐えません。父上様
方も聞かれましたら、さぞかしご満足されることでしょう。
今更言う事はありませんが、一寸の孝行もせず、ただただ二
十年の人生を育てて下された父上様、母上様、祖母様方に何
とお詫び申し上げてよいか判りません。
まだ戦争に行ったことがないので不安な点もありますが、弾
が命中したら、必ずや敵の空母を撃沈します。
突然でさぞかし驚かれると思いますが、立派に男子の本懐を
全うします。
出発まで時間がありません。一言、最後の言葉を。

昭和20年4月7日
二飛曹 清水雅春 18才
神風特別攻撃隊第三御盾隊として、沖縄海域にて特攻戦死



待ちに待った晴れの出陣を、明日に控えました。
突然でいささかあわてましたが、おおいに張切っておりま
すので、何とぞご安心下さい。
生を享けて、ここに二十二年になります。なんの恩返しも
できず誠に申し訳ありません。なにとぞお許し下さい。
国家のために散って征くことを、最大の孝行とお受け下さい。
私が戦死したと聞きましたら、赤飯をたき、黒い着物など着
ず、万歳と叫んで喜んで遺骨を迎えて下さい。
たぶん骨はないものと思いますから、体操シャツを一枚送り
ます。
これは昭和十七年七月十一日土浦航空隊に天皇陛下が行幸さ
れたときに使用した記念すべき品です。私と思って大切にし
て下さい。
今となって別に言い残すことはありません。
とにかく、命のあるうちは徹底的に頑張り抜く覚悟でおりま
す。必ずや、敵空母の一隻や二隻は沈めて見せるつもりです。
取急ぎ乱筆になりました。感無量で何も書けません。これで
ペンを措きます。
ずいぶんとお元気で、いつまでも暮らして下さい。
小父さん、小母さんたちによろしく。ではご機嫌よう。さよ
うなら

 母上様

昭和20年2月21日
海軍上等飛行兵曹 小松 武
神風特別攻撃隊第二御盾隊として、硫黄島周辺の艦船攻撃中
戦死

http://www.st.rim.or.jp/~k-kawano/yokaren/isyo.html


普通長野行

岡谷  1449
松本  1514

真澄(日本酒) 350円
スナック    150円
おやき(野沢菜)150円


龍がまた現われうなづいた。
ドイツのユダヤ強制収容所だ。
収容所に入れられたユダヤ人はほとんどが死んでいったが
その中で生き残ったフランクルという人物がいる。
後に、「夜と霧」という本をだした。彼の逆境のなかでも
魂の輝きを、かれの書き残した言葉から感じられるだろう。

収容所での体験を描写することによってフランクルが語っ
ているのは、人は変えようのない運命に直面したときでも、
それに対して取る態度というのを自ら選ぶことはできるの
である、という真実だ。
フランクルは、収容所という極限状態下で多くの人々が無
感動・無感覚といった原始的状態に陥ってしまう中でさえ
も、外的な悲惨さに自己をつぶされることも、心と行動の
自由を失うこともなく、運命に対する態度を自ら選び取っ
た人間がいるということを、経験的に証明している。


普通南小谷行

松本  1523
南小谷 1726



「精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、こ
の一見絶対的な強制状態の下においても、外的にも内的に
も存しつづけたということを示す英雄的な実例は少なくな
いのである。強制収容所を体験した人は誰でも、バラック
の中をこちらでは優しい言葉、あちらでは最後のパンの一
斤を与えて通って行く人間の姿を知っているのである。
そしてたとえそれが少数の人数であったにせよ――彼等は、
人が強制収容所の人間から一切を取り得るかもしれないが、
しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態にある
態度をとる人間の最後の自由、をとることはできないとい
うことの証明力をもっているのである。
「あれこれの態度をとることができる」ということは存す
るのであり、収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う
数千の機会を与えたのであった。その内的決断とは、人間
からその最も固有なもの――内的自由――を奪い、自由と
尊厳を放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、「典型的
な」収容所囚人に鋳直そうとする環境の力に陥るか陥らな
いか、という決断なのである。」

「〜生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩も
また一つの意味をもっているに違いない。苦悩が生命に何
らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。
苦悩と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである。
一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命をそれが彼
に課する苦悩とを自らに引き受けるかというやり方の中に、
なわち人間が彼の苦悩を彼の十字架としていかに引き受け
るかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況にあっ
てもなお、生命の最後の一分まで、生命を有意義に形づく
る豊かな可能性が開かれているのである。」

<内面化と内的豊かさ>
 人間が強制収容所において、外的のみならず、その内的
生活においても陥って行くあらゆる原始性にも拘わらず、
たとえ稀ではあれ著しい”内面化への傾向”があったとい
うことが述べられなければならない。
 元来精神的に高い生活をしていた感じ易い人間は、ある
場合には、その比較的繊細な感情素質にも拘わらず、収容
所生活のかくも困難な、外的状況を苦痛ではあるにせよ彼
等の精神生活にとってそれほど破壊的には体験しなかった。
なぜならば彼等にとっては、恐ろしい周囲の世界から精神
の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからで
ある。”かくして、そしてかくしてのみ繊細な性質の人間
がしばしば頑丈な身体の人間よりも、収容所生活をよりよ
く耐え得たというパラドックスが理解され得るのである。”
+++
 若干の囚人において現れる内面化の傾向は、またの機会
さえあれば、芸術や自然に関する極めて強烈な体験にもな
っていった。そしてその体験の強さは、われわれの環境と
その全くすさまじい様子とを忘れさせ得ることもできたの
である。
〜中略〜
 あるいは一度などは、われわれが労働で死んだように疲
れ、スープ匙を手に持ったままバラックの土間にすでに横
たわっていた時、一人の仲間が飛び込んできて、極度の疲
労や寒さにも拘わらず日没の光景を見逃せまいと、急いで
外の点呼場まで来るようにと求めるのであった。
 そしてわれわれはそれから外で、西方の暗く燃えあがる
雲を眺め、また幻想的な形と青銅色から真紅色までのこの
世ならぬ色彩とをもった様々な変化をする雲を見た。そし
てその下にそれと対照的に収容所の荒涼とした灰色の掘立
小屋と泥だらけの点呼場があり、その水溜りはまあだ燃え
る空が映っていた。感動の沈黙が数分続いた後に、誰かが
他の人に「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と尋ね
る声が聞こえた。
 
<運命としての苦悩を受け入れる>
 かかる人々は、著しく困難な外的状況こそ人間に内面的
に自らを超えて成長する機会を与えるものだということを
忘れているのである。収容所の外的な困難さを内的な試練
の試みに変える変わりに、彼等は現在の存在を真面目に受
けとらず、それをある重要でないものに貶め、過去の生活
に思いを寄せることによって現在の前では目を閉じるのが
最も良いと考えるのである。
+++
 ところで具体的な運命が人間にある苦悩を課する限り、
人間はこの苦悩のなかにも一つの課題、しかもやはり一回
的な運命を見なければならないのである。人間は苦悩に対
して、彼がこの苦悩に満ちた運命と共にこの世界でただ一
人一回だけで立っているという意識にまで達せねばならな
いのである。何人も彼から苦悩を取り去ることはできない
のである。”何人も彼の変わりに苦悩を苦しみぬくことは
できないのである。”まさにその運命に当たった彼自身が
この苦悩を担うということの中に独自な業績に対するただ
一度の可能性が存在するのである。


<生きる意味>を求めて(春秋社)
どんな時にも、人生には、意味がある。
この人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」があり、
「誰か」がいる。そしてその「何か」や「誰か」は、あな
たに発見されるのを待っている。
だから、たとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべて
を投げ出す必要はない。
あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつか自分の
人生に“イエス”と答えることのできる日が必ずやってく
る。いや、たとえあなたが人生に“イエス”と言えなくて
も、人生のほうからあなたに“イエス”と光を差し込んで
くる時が、いつか、かならずやってくるはずだ。


「フランクルに学ぶ」より
「人生の幸福は、どれだけの感動を得たかによって決まる」

「自分の成功や楽しみには目もくれぬ人−自分を忘れ、あ
る事やある人に、仕事や人間に愛を傾ける人−そんな人に
は、すべてがひとりでにやってくる。成功も楽しみもであ
る」

「あなたの存在、あなたの人生には、すばらしい意味があ
る。いかなる絶望にも希望がある。人生はうまくいくよう
になっている。ただそのことに気づきさえすればいいのだ
……」

太郎は、逆境にいてなお輝く人間の魂を確かに感じた。


そばの花、すすき
「吹く風の秋をこぼして過ぎにけり」


普通糸魚川行ワンマン

南小谷(みなみおたり) 1828
糸魚川           1916

信州の酒 雲山(うんざん) 200円


太郎は人間のすばらしさをすこし理解したような気がした。
龍がうなづいた。
太郎の手の中にひすいの勾玉があった。
光りのトンネルを抜けた。
まもなく糸魚川の駅に到着した。
夢でない証拠に、勾玉が手の中に輝いていた。

糸魚川ゑびすホテル泊  5560円
食事所  900円
スナック 1000円

糸魚川観光

地球博物館
フォッサマグナミュージアム
新潟県糸魚川市一の宮1313
tel 0255−53−1880
fax 0225−53−1881

翡翠園
新潟県糸魚川市連台寺2-11-1
tel 0225−52−0700

玉翠園
糸魚川市京ヶ峰2-1-13
tel 0225−52−9277

谷村美術館
糸魚川市京ヶ峰2-1-13
tel 0225−52−9277

相馬御風記念館
新潟県糸魚川市一の宮1-2-2
tel 0225−52−7471
入館料300円


8月26日(日)
ホテル発 0700

普通直江津行



糸魚川  0758
直江津  0834

電車を正面から写真を取る。
今までの雰囲気とずいぶん違うのに気づく。
大きくて古いという印象を持った。
座席間隔がずいぶん大きい。
どうも寝台列車だったようだ。
足を延ばして楽しもう。

(日本海)

ずいぶんと長いトンネルに入った。
能生〜名立間がトンネルである。
概ね11キロ以上の距離がある。
途中トンネル内に筒石の駅があった。

快速長野行

直江津  0841
長野   1000

かにずし 840円
お茶   150円


「そちこちもとんぼの色も秋の色」
「旅先で出会います秋の色」

普通甲府行

長野  1029
甲府  1357

第五の世界
糸魚川の駅で一泊した太郎は直江津に向け出発しました。
龍からもらった勾玉は不思議な力を持っているようです。
これを持っていると太郎の意識は次元を越えてどこへでも
行くことができました。
直江津への途中、長い長いトンネルへ入りました。
トンネルの途中に太郎は夢の世界に入ってしまいました。

この世は、たくさんの神々で守られていました
天候を守り、戦いの神でもある黒龍は黒姫山に住んでいま
した。
黒龍には一人の娘がいました。
娘は毎朝、川へ水汲みです。
あるとき、一房の花が川上から流れてきました。
次の朝も、次の朝も花が流れてきました。
不思議に思い、娘は鷹に変身すると川上に見に行きました。
すると、そこには美しい若者が炭焼きをして暮らしていました。
若者は大変の働き者でした。
その若者が花を流していたのです。
若者のお父さんは早くに無くなり、母一人で大変な苦労をして
若者を育てたのですが、風邪がもとで最近亡くなりました。
その母に手向けの花を毎朝、川に流していたのです。
若者のその優しさに、娘は恋をしました。
娘は、旅人に姿を変え、夜遅く若者の住む小屋へ訪ねました。
「道に迷い、今晩泊まるところがございません。軒先でもかまい
ませんので、どうか一晩泊めていただきとうございます。」
と娘は、一夜の宿をお願いしました。
若者は、寒い時期でしたが、快諾し自分の布団を差し出しました。
若者は、納屋のわらの中で寝ました。
翌朝、娘はせめてものお礼にと、朝食を作りました。
若者の台所にあった野菜を、簡単に料理したのですが、
大変おいしく、若者はたいそう喜びました。
若者は、そのたいそう美しい娘の聡明さに惹かれました。
そして、もう一泊してくれるように娘にお願いしました。
こうして、二人は結ばれ、一人の男の子が産まれました。

太郎と名付けました。
太郎は、父の勤勉さと、母の優しさ、聡明さに育まれすくすく成長しました。
時々、黒龍おじいさんは、人間の姿に変わり太郎に会いにきました。
太郎には小さいときから不思議な力がありました。
周りの動物と話ができ、空を飛ぶこともできました。
念力で瞬間移動ができました。
人の心を知り、過去と未来を見ることができました。
お母さんはそれを気づいていました。
人前では決してそれを使わないようにお母さんは太郎に言いました。
おじいさんの黒龍の能力をすっかり受け継いでいたのです。

太郎が六歳になると、能力を使っておじいさんの所へしばしば
遊びに行くようになりました。そして黒龍おじいさんから知恵を
学び身につけていったのです。
十歳になると、その能力は、おじいさんの黒龍も舌を巻くほどになりました。
剣術も秀でていました。
しかし、太郎は龍の体ではありません。人間の体なのです。
大変強いエネルギーを使うこともできますが、人間の体ではそのエネルギーに
耐えることが出来ませんでした。
強いエネルギーを太郎が使うと、体が耐えきれず、大けがをしてしまいました。
太郎が十三歳になったとき、黒龍は、太陽の剣と太陽の鎧を太郎へ誕生日祝い
としてあげました。
太陽の鎧を身につけると、大きなエネルギーを使っても太郎の体はある程度
耐えることが出来るようになりました。
でも太郎の力の十分の一も使うことは出来ませんでした。

ところで、神々の世界では、悪い神が勢力を拡大していました。
この悪い神に支配された星々は、自然が荒廃し、人の心も乱れました。
この星々の人たちは、自分勝手に生活し、人を思いやることをしなくなりました。
殺人、盗難が横行しました。
地震、台風、洪水が多発しました。
この星々の人口がどんどん少なくなりました。
悪神は、人の悪い心をエネルギーにして、ますますその力を大きくしました。
悪神は地球が嫌いでした。
自然が豊かで、人の心も思いやりにあふれた美しい地球ですが、
そのことは悪神にとっては、悪いことなのです。

悪神は部下の一人のアンドロメダ星雲に住む将軍のブルードラゴンに
地球の征服を命じました。
ブルードラゴンは地球の黒龍より体の大きさも力の強さも倍ほどの大きさです。
地球の守りは、黒龍だけで守っていました。
黒龍の力だけでは、地球は守れません。
太陽系の他の星々を守る神々と相談しました。
しかし、これらの星々に対しても、攻撃される情報があり、
それぞれの神々は、自分の星を守るのに精一杯でした。
一番強い敵はブルードラゴンでした。
このブルードラゴンを倒せば、黒龍の力は絶大ですので、太陽系の星を
攻めてくる悪のドラゴンらも追い払うことが出来そうでした。



1255
「葛の花大木覆い咲きにけり」
「秋桜の宇宙がここに在りにけり」

普通富士行

甲府  1413
富士  1635

冷やしやまかけそば  370円


異次元の世界を通り、ブルードラゴンが地球に近づいて来ました。
これを知った地球の百鬼夜行の悪者は地の底から這い出てきて騒ぎ立てました。
世界中に嵐、洪水が発生しました。
人心が乱れました。
ブルードラゴンと黒龍の戦いが異次元の世界で始まりました。
すざましいエネルギーが異次元世界から、この世界まで漏れだしてきて、
大きな地震が各地で起きました。
戦いは、一ヶ月続きました。
力の勝るブルードラゴンが優勢です。
黒龍は大きく傷つき瀕死の状態で倒れてしまいました。
ついに、ブルードラゴンは勝利の雄叫びをあげました。

ほっとしたブルードラゴンは、この一ヶ月何も食べていないことに気づきました。
腹がぐーと鳴りました。
もう勝ったも同然です。
腹ごしらえのため、少しの間、アンドロメダに帰ることにしました。
黒龍は、戦う気力も体力も失っていました。
そこで、海の底に隠れてしまいました。
地球の神々も地球から逃げ出し始めました。

太郎は、黒龍おじいさんの資質を受け継いでいましたが、
人間の体では戦うことが出来ませんでした。
何か出来ないかと一生懸命、瞑想を始めました。
そうすると、誰かの声が聞こえました。
「太郎!私は全宇宙の神です。宇宙のすべてを創造した神です。
私は、善を創り悪を創りました。宇宙には不必要なものは何一つありません。
悪がなければ善はないのです。人間の成長の為には悪も必要なのです。
しかし、悪神が力をつけ、この全宇宙を制覇する勢いです。このままの
勢いで悪神が宇宙を制覇し悪が全宇宙に満ちると、善が消えて、そして、
私も消滅してしまいます。
私が消滅すると悪神もまた消滅してしまうのです。
悪も善も私自身であり、私の消滅は、宇宙の消滅を意味します。
太郎よ!この宇宙のためにも、ブルードラゴンから地球を守っておくれ。
太郎にこの勾玉をあげましょう。これを身につけていれば、人間の体のままで
黒龍と同じ強靱さを保つことが出来ましょう。
太郎よ、この宇宙は彼方の双肩にかかっているのです。」
と言って消えてしまいました。

そのすぐ後に黒龍おじいさんが太郎の心の中に現れました。
「太郎よ、残念ながら私にはもう戦う力が残っていない。
この一ヶ月間ブルードラゴンと戦ったが、倒すことが出来なかった。
ブルードラゴンの鱗は、何物も傷つける事は出来ないのじゃ。
しかし、この一ヶ月の戦いで、ブルードラゴンの心臓を覆う一枚の
鱗をはがすことができた。
ブルードラゴンを倒すには、そのはがれた鱗の場所から太陽の剣を突き通す以外にないであろう。
ブルードラゴンは、人間である太郎の脅威を知らない。
これだけが、太郎に有利な点じゃ。
そこを逃せば、もうブルードラゴンを倒すことは出来ないだろう。
明朝になれば、ブルードラゴンはこの地球にやってくる。
チャンスは明朝である。
龍の強靱さをもった太郎であれば出来るはずだ。
頼むぞ!太郎!」
といって消えてしまいました。

翌朝、ブルードラゴンは、地球にやってきました。
すでに地球の守り神の黒龍は瀕死の状態で気配さえ無くなっていました。
この地球上には、ブルードラゴンを倒せるものはないと思うと、
ブルードラゴンの気持ちはどうしてもゆるむのでした。
そのため、欠けた鱗のある場所を、ブルードラゴンは手で守ることさえしませんでした。

太郎は、諏訪湖の湖底にいてチャンスをうかがっていました。
ブルードラゴンは黒姫山の上空にやってきました。
黒龍の存在を確認するためです。

太郎は祈りました。
「南無竜神大権現!
黒龍おじいちゃん、太郎を守ってください。」
太郎は、太陽の剣を構えました。
すると、一瞬のうちに太郎は光となりました。
そして、ブルードラゴンの欠けた鱗をめがけて飛び込みました。
太陽の剣は、欠けた鱗の所からブルードラゴンの心臓をえぐりました。
ブルードラゴンは痛さを感じることなく、一瞬のうちに消滅してしまいました。

悪神は地団太を踏んで悔しがりました。
太陽系を攻撃していた悪のドラゴンたちは、ブルードラゴンがやられたことを
知ると、皆逃げ出しました。

また、地球に平和が訪れました。
宇宙の神から太郎に言葉がありました。
「太郎、あろがとう。
これで、この宇宙の平和が守られました。
あなたは、黒龍おじいさんの後を継ぎ、地球の守り神になりなさい。」
めでたしめでたし。

しかし、この時の悪神の蒔いた悪の芽は、少しづつですが人間の心に
広がって、現在に到ったとのことです。
おしまい。

身延線の終点富士近くになり太郎は目が覚めました。
少し勇気が湧いてきました。



普通浜松行

富士  1644
浜松  1830

新しい電車で揺れが少ない。

官舎着 1900過ぎ