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東京散歩(隅田川花火大会)(14.7.27)












相撲関係石碑群(力塚)
所在 墨田区両国二丁目八地番 回向院
墨田区と相撲の関わりは、明和五年(一七六八)九月の回向院に
おける初めての興行にさかのぼります。以降、幾つかの他の開催場
所とともに相撲が行われていました。
天保四年(一八三三)十月からは、回向院境内の掛け小屋で相撲の
定場所として、年に二度の興行が開かれ、賑わう人々の姿は版画にも
残されています。
明治時代に入っても、相撲興行は回向院境内で続いていましたが、
欧風主義の影響で一時的に相撲の人気が衰えました。しかし、明治
一七年(一八八四)に行われた天覧相撲を契機に人気も復活し、
多くの力士が生まれました。そして、明治四十二年(一九〇九)に
回向院の境内北に国技館が竣工し、天句鬼関係なく相撲が開催でき
るようになり、相撲の大衆化と隆盛に大きな役割を果たしました。
力塚は、昭和十一年に歴代相撲年寄の慰霊のため建立された石
碑です。この時にこの場所に玉垣を巡らせ、大正五年(一九一六)に
建てられた角力記と法界万霊塔もこの中に移動しました。
現在は、相撲興行自体は新国技館に移りましたが、力塚を中心と
したこの一画は、相撲の歴史が七六年にわたり刻まれ、現在もなお
相撲の町として続く両国の姿を象徴しています。
平成十一年三月  墨田区教育委員会




両国花火資料館 無料







本所松坂町公園由来
所在地 墨田区両国三丁目十三番九号
面積 九十七、五六平方メートル
この公園は「忠臣蔵」で広く知られる、赤穂
義士の討入りがあった、吉良上野介義央の上屋
敷跡です。その昔、吉良邸は松坂町一、二丁目(現、
両国二、三丁目)のうち約八四〇〇平方メートルを
占める広大な屋敷でしたが、年を経て一般民家が建
ち並び、いまではそのおもかげもありません。
昭和九年三月地元町会の有志が、遺跡を後世
に伝えようとm旧邸跡の一画を購入し史跡
公園として、東京市に寄付したもので、昭和
二十五年九月墨田区に移管されました。
周囲の石壁は、江戸時代における高家の格
式をあらわす海鼠壁長屋門を模した造りで、
園内には元吉良邸にあった著名な井戸や稲
荷社まどの遺跡があり当時をしのばせており
ます。また内部の壁面には義士関係の記録や
絵画を銅版で展示されております。
墨田区











江戸東京博物館 入館料600円
東京ドームの2.4倍の敷地に建ち実に壮大な建物
中に入ると実物大の日本橋を渡り館内へ


徳川家康像
浜松でもお世話になりました。










アサヒビル
このオブジェは黄金の雲でしょうか?



「若い娘の片まくりする浴衣かな」

腹ごしらえ
◎ビール 200円
○弁当 500円


夕暮れ、夕焼け、灯の灯り


玉屋、鍵屋と言いたいが、人ごみに埋もれて大変



















「湧き上るどよめき拍手川開き」






ご苦労様と自分に言いたい・・・・・