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作り方今月俳句│歳時記 @ A B C D E F G H I J K│過去log@ A B C D

三省堂 「新歳時記」 虚子編から
季語の資料として引用しています。

四月の季語

春の日(はるのひ)

春の太陽を指す場合と、春の一日をいふ場合と両方
ある。春の太陽は暖かく明るく、春の一日は長閑に
長い。春日(はるひ)。春日(しゅんじつ)。
春日影(はるひかげ)。春の朝日。春の夕日。春の
入日。
「あふむけば口いつぱいにはる日かな」成美
「大いなる春日の翼垂れてあり」花蓑
「西山の山寺にあり春一日」

春の空(はるのそら)
白雲のほのかに流れて、和かな日光が地上を照らす
やうな日の空や、雲のない碧い空であつても、うす
白い色を含んでゐることが、春の空の特色となつて
ゐる。
「春空に浅間の煙ありやなし」青塔人
「春空へ鳶追上げし烏かな」土音
「いつくしむごと覆ほへり春の空」虚子

麗か(うららか)
春の日の光なごやかに、遠くの方はうち霞み、万象
悉く明るく朗らかに美しく見えわたるやうな有様を
いふ。うらら。
「うららかや行く山径を疑はず」橙黄子
「麗かや松を離るる鳶の笛」茅舎
「縁うらら主婦も八百屋も僧も居る」巻子
「麗かにふるさと人と打ちまじり」虚子

長閑(のどか)
おだやかに和暢な天地風物の相である。有るの日はゆ
つたりと長く閑かである。のどけし。
「長閑さに無沙汰の神社回りけり」太祇
「辻だんぎちんぷんかんも長閑かな」一茶
「だまされて株買う人や市のどか」雉子郎
「長閑さや願事なくて神詣」修山人
「ほ句も好き洗濯も好き主婦のどか」つや女
「物売は年寄ばかり奈良長閑」敏子
「山寺の子文書もなく長閑なり」虚子
ところで、長閑の季語で一句。
「長閑なり妻の寝床に添え寝する」よっち

入学(にふがく)
かならずしも小学校児童の入学に限らず、各学校の
入学も詠ぜられるのであるが、父兄に手をひかれな
がら嬉々として校門を潜り行く小学校の新入生を見
ると、何となくたのもしい気のするものである。学
齢児童の入学日は毎年四月一日。
入学試験。入学式。
「大いなる国旗の下や入学児」梅史
「入学児胸呑ませ穿く長袴」青畝
「これはさて入学の子の大頭(つむり)」誓子
「入学試験幼き頸の溝深く」草田男
「入学児母をはなれて列にあり」静子
「入学の父兄のなかの僧一人」静雲
「末つ子のとてもわるさが入学日」迷水
「かくし子の入学雪のみちのくに」一杉
「入学の子の顔頓(とみ)に大人びし」虚子
入学で一句。
「父母の晴れ着に手とり入学児」よっち


お玉杓子(おたまじゃくし)
蛙の子である。蛙の産卵は春、水田、池、沼その他
の水溜りに行われ、寒天質のものが紐状につながっ
ている。数珠子と言う。十日ぐらいで孵り、黒い小
さな杓子状の蝌蚪(かえるご)となって、真黒に群
がって泳いでいる。成長してくると手足が生え、尾
が取れて、蛙となる。モリアオガエルのように、古
池畦の樹上で産卵し、孵ると下の水に落ちてお玉杓
子となる。変わった習性のものもある。
俳人は蝌蚪(かと)とも音読して用いている。あま
り好ましいこととは思えないが、虚子が用い、俳人
たちは滔々としてこれに従い、大勢如何とも抗しが
たい。「初学抄」「毛吹草」以下、「かへる子」と
して出し、古句は「蛙子や何やら知れぬ水の草」蝶
夢(「発句題叢」)、「蛙子の蛙にならぬ水もなし」
樗夢(同)など、蛙子として詠んでいる。
蛙の子(かわずのこ)。数珠子(じゅずこ)。蝌蚪
(かと)。蛙子(かえるご)。蛙生る。
「裏溝やお玉杓子の水ぬるむ」子規
「蝌蚪の池わたれば仏居給へり」秋櫻子
「風吹いてうちかたまりぬ蛙の子」鬼城
「天日のうつりて暗し蝌蚪の水」虚子


花(はな)
櫻の花をいふのである。花には花特有の季語も少なくない。
例へば花の雲・花吹雪・落花・花屑・花埃(はなぼこり)・
花の塵・花の雨・花冷(はなびえ)・花の山・花便・花守等。
「のみ明て花生(はないけ)にせん二升タ樽」芭蕉
「花の陰あかの他人はなかりけり」一茶
「京に住み一夜を嵯峨の花に寝し」いはほ
「中空にとまらんとする落花かな」汀女
「花の下ぢぢばば踊る皆わらふ」静雲
「吹き満ちてこぼるる花もなかりけり」虚子

櫻(さくら)
櫻花は我国の国花である。朝によく夕によく、晴れてよく
降つてよく、嵐にも亦あはれが深い。殊に山櫻は色香とい
ひ容姿といひ高尚優雅で、その散り際も誠に潔よい。其他
種類も多く季語も中々多い。八重櫻。遅櫻。朝櫻。夕櫻。
夜櫻等。
「奈良七重七堂伽藍八重櫻」芭蕉
「苗代の水にちりうくさくらかな」許六
「山ざとの人美しや遅ざくら」維駒
「蕗の葉に煮〆配りて山櫻」一茶
「夜櫻や梢は闇の東山」鬼城
「ふるさとはかはり果てたりうば櫻」素月
「月みれば秋かとぞ思ふ櫻かな」盆城
「夜櫻へ出かける顔に雨一つ」洛山人
「金屏におしつけて生けし櫻かな」虚子

辛夷(こぶし)
高さ丈餘にも及ぶのがある。葉一つなく枯木のやう
だと見てゐると、四月に入つて枝頭がふくらんで筆
の穂のやうな尖つた樺色の苞が出来る。程なく苞を
破つて青みを帯びた白色の花を開く。花は木蓮に似
て少し小さい。その一変をとれば盞(さかずき)の
やうで六弁である。満開となる頃、花のつけねあた
りから初めて鮮かな新葉が立ちそめる。
「花辛夷よごれそめたる白さかな」たけし
「風あたりいたみよごれし辛夷かな」素十
「立ち並ぶ辛夷の莟行く如し」虚子

木蓮(もくれん)
喬木で一丈からニ丈くらゐの大木がある。花は白と
紫とあつて、白木蓮を普通「はくれん」と呼んでゐ
る。花の咲くのは四月頃、大形の六弁の花で、葉に
先だつて開き全枝花ばかりの盛観を呈する。紫木蓮
(しもくれん)の花は暗紫色でデカダン的な感じが
あり、白木蓮の花は純白で清浄な感を与へる。木蘭
(もくれん)。
「木蓮のごはと崩れし宙宇かな」草城
「はくれんの散るべく風にさからへる」汀女
「木蓮のとがり伸びたる莟かな」千草
「木蓮を折りかつぎ来る山がへり」虚子

連翹(れんげう)
枝は長くのびて蔓のやうに撓み垂れる。葉は対生し
三小葉に分れてゐるが、葉のまだ少しも現れない枯
木のやうな枝々に、一面に美しい黄色の四弁花をつ
ける。
「連翹に一閑張の机かな」子規
「連翹の一枝づつの花ざかり」立子
「連翹の縄をほどけば八方に」青邨
「連翹に見えて居るなり隠れんぼ」虚子

春の暮(はるのくれ)
春の日暮をいふのである。春の暮は「暮春」のこと
をいひ、秋の暮は「秋の夕」のことをいふとの説が
ある。古人の作には其意のものがあるかも知れぬ。
併し今は春の暮・秋の暮共に夕方の義であると定め
て置く。春の夕(はるのゆふべ)。春夕(はるゆう
べ)。
「入あひのかねもきこえずはるのくれ」芭蕉
「誰ためのひくき枕ぞはるのくれ」蕪村
「春の夕たへなむとする香をつぐ」蕪村
「大門のおもき扉や春のくれ」蕪村
「燭火を燭にうつすや春の夕」蕪村
「石手寺へまはれば春の日暮れたり」子規
「春夕や傘さげ帰る宮大工」橙黄子
「金殿に灯す春の夕かな」虚子
広辞苑から。
はる‐の‐くれ【春の暮】
@春の終るころ。晩春。暮春。くれのはる。
A春の日の夕暮れ。季・春
そこで一句。
「引越しも一段落ぞ春の暮」よっち

春の海(はるのうみ)
白波立つた紺青の冬の海も、春になれば藍碧色に凪
ぎ渡つて、のたりのたりと波は静かに、白帆の往来
も長閑(のどか)な海になる。
「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな」蕪村
「むらさきに夜は明かるる春の海」几董
「春の海入り込みここを油壷」虚子

春潮(しゅんてう)
春になると潮の色が次第に淡い藍色に変つて来て美
しさを増してくる。海上生活者は、陸上の人々が植
物の成長を見て春を感ずるやうに、潮の変化によつ
てはつきり春を意識するといふ。春の潮はまた干満
が著しい。満つるときは石垣や岸の思はぬ高さに潮
が昇つて来る。また干潮になると、干潟を広々と残
して遠くに退いて行く。瀬戸内海あたりでは殊にこ
の春潮の特徴が顕著である。
「とけながら流るる渦や春の潮」方舟
「岩二つ寄りつ離れつ春の潮」王城
「春潮にうつりて海女が身づくろい」活刀
「春潮といへば必ず門司を思ふ」虚子

汐干(しほひ)
沖には春霞が棚引き、ふりかへる陸の山々には盛り
の花がぼうと白い。汐の遥に退いた干潟に下り立つ
て蛤・浅蜊などを掘りながら、一日を過ごすことは
まことに興味深いものである。陰暦三月三日の大潮
が最も盛んである。汐干狩(しほひがり)。汐干潟
(しほひがた)。
「海中に忘水ある汐干かな」也有
「汐干より今帰りたる隣かな」子規
「汐干潟雨しとしとと暮かかる」一茶
「ずんずんと引く潮嬉し汐干狩」方因
「沖船の動きそめけり汐干潟」虚子

灌佛(くわんぶつ)

四月八日、釈迦の誕生日に寺院等で行ふ儀式である。
灌佛會・釈迦降誕會・誕生會・龍華會・浴佛節・花ま
つり等皆同じことである。関西では一と月遅れの五月
八日に行つてゐるところもあり、田舎では今尚陰暦四
月八日に行ふ向も少なくないが、時候の関係で、花時
の陽暦四月に行ふ処が多いやうである。佛生會(ぶつ
しやうゑ)。
「灌佛の日に生れあふ鹿の子かな」芭蕉
「ぬかづけばわれも善女や佛生會」久女
「雨だれのうちに御堂や佛生會」白峰
「山寺の障子締めあり佛生會」虚子

囀(さへづり)
再びめぐつて来た春を喜ぶ如く、鳴禽類の声をつづけて
鳴くことである。
「囀や駕溜りゐる峠口」萩浪
「囀れる椿大樹や機を巻く」象外
「囀やピアノの上の薄埃」はじめ
「たぎる湯に人も居らずに囀れる」草千
「囀にかぶさり啼くや山鴉」橙黄子
「囀や峰より落つる雪解水」絶海
「囀を身にふりかぶる盲かな」青畝
「囀の高まり終り静まりぬ」虚子
さて囀を広辞苑から。
さえずり【囀り】サヘヅリ
@鳥がしきりに鳴くこと。また、その声。特に、繁殖期
における雄鳥の鳴き声。季・春。「小鳥の―」
Aやかましいおしゃべり。また、田舎者や外国人などの
聞きわけにくい言葉。源松風「海人(アマ)の―思し出でらる」
B舞楽で舞人が漢文の詞句を朗詠すること。詠。
C鯨の舌。
そこで一句。
「囀りやビルの谷間の端社(つまやしろ)」よっち

春の草(はるのくさ)
春の草は萌え出た麗はしさがあり、雑草に至るまで
瑞々しく柔かだ。春草。芳草(ほうさう)。草芳し。
「草すでに八百屋の軒に芳し」杉風
「里の子や髪に結なす春の草」太祇
「牛の子に角出てうれし春の草」呂杣
「窓の子の垂らせし紐や春の草」静河
「春草にみゝずひきずる小鳥かな」素十
「春草やたづなゆるめば駒は食む」素逝
「砂山やほつりほつりと春の草」涼雨
「垣間見る好色者(すきもの)に草芳しき」虚子
「我先に競い伸びにし春の草」よっち

春光(しゅんくわう)
柔かく暖かい春の陽光をいふのである。しかし春の
日とか、春日影とかいふのとは違つて、春の風光と
いつたやうな感じの方が濃く出てゐる。春の色。春
色。
「春光の谷に沈みてくぬぎ原」耕雪
「春光やちやんちやんこ着て庵主」感来
「春光や波又波のいたゞきに」櫓水
「春光や到る處にいぬふぐり」黙禅
「ステッキを振れば春光ステッキに」王城
「春光の燦々として小笹原」拓水
「春来れば路傍の石も光あり」虚子
さて、今日の季題を広辞苑から。
しゅん‐こう【春光】‥クワウ
春の景色。春景。春色。季・春
そこで、一句。
「春光や堰落つ水のある小川」よっち

風光る(かぜひかる)
春になって、日の光がうらうらとして来た中に軟風
の吹きわたるさまで、何んとなく風までが光るやう
に感ずるのをいふのである。
「風光りつゝ山内へ俥かな」瓜鯖
「装束をつけて端居や風光る」虚子
さて、今日の季題で一句。
「新顔の通り過ぎるや風光る」よっち

菜の花(なのはな)

菜種の花である。菜種は種油を取るため畑に栽培さ
れるので、真黄色な花が畑一面に咲き匂ふ。山蔭や
青麦畑の間に、菜の花畑が点々とあるのなどは、さ
ながら春の彩であり、見渡す限り菜の花畑が打続い
て、菜の花明りに映えてゐるのも又なくよい。花菜
(はなな)。
「なの花や一本咲きし松のもと」宗因
「なの花の中に城あり郡山」許六
「菜の花や月は東に日は西に」蕪村
「なの花やよしの下り来るむかふ山」太祇
「菜の花にのどけき大和河内かな」蓼太
「菜の花や渦解けむすび日もすがら」はじめ
「さざなみの中に菜の花捨ててあり」冨士子
「菜の花や村より村へものもらひ」虚子
広辞苑から。
な‐の‐はな【菜の花】
アブラナの花。また、アブラナ。季・春。
「―や月は東に日は西に」(蕪村)。「―畑」
そこで一句。
「菜の花や浮き立つ色に風そよぐ」よっち

蝶(てふ)
蝶は四季ゐるが猛冬の頃から殆ど其姿を消し、春暖の候
再び現れ始め、陽春夥しく発生するので、単に蝶といへ
ば春季になつてゐる。種類が何百種もあるが、春は紋白
蝶・紋黄蝶等が多く、小型で優しい。菜の花といはず、
いろいろの花は、この蝶を得て更に風情を添へるもので
ある。春以外の蝶は夏の蝶・秋の蝶・冬の蝶・凍蝶等と
特にことわる。胡蝶(こてふ)。蝶々(てふてふ)。初
蝶(はつてふ)。揚羽蝶(あげはてふ)。
「蝶の舞おつる椿にうたるゝな」闇指
「蝶々や左を追ば右に在」我則
「てふてふや加茂の芝生に日もすがら」存義
「わだつみへもつれ出でたる蝶々かな」卜童
「方丈の大庇より春の蝶」素十
「学問の蝶に針さす眼をつむり」静子
「高々と蝶こゆる谷の深さかな」石鼎
「黒揚羽湖の紫紺にまぎれけり」立子
「花むしろたためば高く蝶々かな」虚子
広辞苑から。
ちょう【蝶】テフ
@チョウ目(鱗翅類)のガ以外の昆虫の総称。二対の大き
な葉状の翅は、鱗粉と鱗毛により美しい色彩を現し、口
器は螺旋(ラセン)状に巻いた管で、花蜜を吸うのに適する。
一対の棍棒状または杓子状の触角、二個の複眼を具える。
幼虫は毛虫・青虫の類で、草木を食べて成長し、蛹(サナギ)
となり、さらに成虫となる。一般に繭は作らない。昼間
活動して花蜜を求め、静止の際は両翅を垂直に背上に立
てる。種類きわめて多く、わが国だけで約二五○種を数
える。胡蝶。蝶々。古名、かわひらこ。季・春
A紋所の名。蝶をかたどったもので種類が多い。
B「胡蝶楽(コチヨウラク)」の略称。
そこで一句。
「初蝶の眼の片隅に残りけり」よっち

春風(はるかぜ)
駘蕩たる春の風をいふ。
「春風の堤長うして家遠し」蕪村
「撫あげる昼寝の顔や春の風」召波
「春風やとある垣根の赤草履」一茶
「泣いてゆく向うに母や春の風」汀女
「海女が乳に巻く広昆布や春の風」青嵐
「春風に闘志いだきて丘に立つ」虚子

凧(たこ)
本来凧は春風に揚げるもので、感じからいつても、のん
びりとした春らしさがあり、凧に春風・東風などと書く
のもこの意味に外ならない。長崎の凧揚は昔から有名で、
四月十日にはた合戦がある。大きさは畳半枚くらゐが普
通で大小いろいろある。この頃市中には凧屋が出来、は
た揚場にははた屋が出る。そして人々は毛氈や、筵を用
意し、凧合戦を見ながら持参の弁当を開き酒を酌んで楽
しむ。子供等が切れ飛ぶはたを拾いに走るのも亦一風景
である。精霊流し、諏訪のお祭りと共に長崎の三大行事
とされてゐる。紙鳶(たこ)。鳳巾(たこ)。いかのぼ
り。いか。はた。奴凧(やつこだこ)
「御所へ落てしかられにけり凧」也有
「すすけ紙まま子の凧と知られけり」一茶
「大松にかかりし紙鳶や尾を垂るる」華園
「夕風や凧切れてなき糸を巻く」七夕
「大琵琶に浪立てれども凧日和」誓子
「切凧の敵地へ落ちて鳴りやまず」かな女
「夕暮の大凧下りにけり」虚子

石鹸玉(しゃぼんだま)
石鹸水や、むくろじの実を溶いた液でもいい、それに
麦藁の管を浸して軽く吹くと、こまごまと流れ出る水
玉、春の日に映えて黄に紫に中空にころがり消えてゆ
く。風船や風車とともにのどかな春の風物である。
たまや。水圏戯(みゐけんぎ)。
「石鹸玉ばらばら出でて細かさよ」禾丈子
「にくまれて一人遊の石鹸玉」壽々女
「石鹸玉ふくさみしさよ妻知らず」思桂
「流れつつ色を変へたるしやぼん玉」たかし
「櫺子より飛んで出でけり石鹸玉」虚子

鞦韆(しうせん)
年中ありはするが、子供達が元気に乗り遊ぶのは、
ぽかぽか暖かくなつてからのことで、その起こす
きしりには暢びやかな春らしい響きがあつて、い
かにも長閑(のどか)な感じのするものである。
秋千(しうせん)。ふらここ。ぶらんこ。半仙戯
(はんせんぎ)。
「ふらここの風に小揺れやいつまでも」仙松
「ふらここに女中(あや)とのりたる月夜かな」百合
「飛び下りてふらここ空に揺れ残る」ただし
「鞦韆に抱き乗せて沓に接吻す」虚子

遍路(へんろ)
弘仁の昔弘法大師が普く巡錫された阿波・土佐・伊
予及び讃岐の四国に散在する札所八十八箇所の霊場
を参拝する人々をいふのである。菜の花や青麦・紫
雲英などに織り綴られた田舎道を若い女遍路たちが、
鬱金や浅黄色などの手甲・脚絆をつけ、白木の納札
挟みを胸高にかけ、真白な菅笠を被り絡繹として続
く様はなかなか綺麗なもので、四国の田舎の春を飾
る特異な情景である。遍路はよく巡礼と混同される
が全然違ったもので、巡礼には季感はない。遍路に
は八十八箇所全部を巡拝する外に、その内の一国の
札所のみに限って巡拝する「一国巡り」がある。又、
讃岐小豆島には八十八箇所の札所が島内に遷してあ
り、これを巡拝するのを「島四国」と称へてゐる。
遍路宿(へんろやど)。
「香煙に絶ゆることある遍路かな」公羽
「山宿や上り框の遍路笠」黙鳥
「己が家に今帰りたる遍路かな」寸々夢
「遍路笠傾け合ひて別れけり」主一
「根上りの松に憩へる遍路かな」山茶
「子遍路のおくるる足をはこびをり」烽火
「汐げむりあがりし磯に遍路道」十雨
「岩がくれ浪がくれゆく遍路かな」鈴雨
「香煙の中をゆき交ふ遍路かな」圭朗
「道のべに阿波の遍路の墓あはれ」虚子
広辞苑から。
へん‐ろ【遍路】
空海の修行の遺跡である四国八十八箇所の霊場などを
巡拝すること。また、その人。辺路。季・春
そこで一句。
「この空と風を伴ひ遍路かな」よっち

虻(あぶ)
全体として蝿に似てゐて蝿より遥かに大きい。唸りを聞
くといかにも春昼というやうな感じが深い。夢中に飛ん
で、藤房などに突当り一花こぼすのなども面白い。
「明けはなす障子に虻の流れ入る」あふひ
「大いなる輪を描きけり虻の空」素十
「アネモネの花くつがへし居るは虻」素十
「散るのみの花をこぼして虻の昼」王城
「草深し人声に似て虻の昼」念腹
「藤の虻花を抱いて仰向けに」夢筆
「花を得て静まりにける藤の虻」旭川
「虻落ちてもがけば丁字香るなり」虚子
広辞苑から。
あぶ【虻】
ハエ目(双翅ソウシ類)中の一群の昆虫の総称。種類が多く、
大体ハエより大で、眼も大きい。雌は人畜をさして血を
吸い、諸種の病原体を媒介する種類もある。雄は花に集
まり花粉・花蜜をなめる。幼虫は蛆(ウジ)状で、多くは肉
食性。ウシアブ・ミズアブ・ヒラタアブなど。季・春。
そこで一句。
「虻が来て刺されいたいと泣く子かな」よっち

子猫(こねこ)
猫は早春発情し、二・三ヶ月の後仔猫を産む。猫は四
季の土用に交るといふけれども春が一番多い。暖かな
縁側などに懶げに大きい腹をした親猫、もうお産がす
んでいくつも目のあかぬ猫の赤ん坊を抱へた親猫、お
産床の中の子猫、床から這ひ出して親を追う子猫、躓
いて倒れる子猫、人に遣る子猫、買ふ子猫、捨てられ
る子猫、これ等は、皆仲春から暮春にかけてどこの家
にもよく見られるものである。猫の子。
「猫の子のくんづほぐれつ小蝶かな」其角
「猫の子のすこしねぶりぬ親の飯」呂杣
「猫の子のふるへふんばる畳かな」蘇甫
「泣き虫の子猫を親にもどしけり」より江
「猫の子のまつはる帯をむすびけり」可志久
「拾はれし善良顔の子猫かな」諾人
「雨だれをながめて泣きし子猫かな」菱歌
「背を立てゝ怒れる子猫貰ひけり」草餅
「猫の子や腹をちゞめて一尿」素風郎
「屑箱の倒れて出でし子猫かな」迷水
「主婦の頬に子猫の爪の痕のあり」虚子
広辞苑から。
ねこ‐の‐こ【猫の子】
子猫。俳諧では、春になって生れた子猫をいう。
季・春
そこで一句。
「猫の子を拾つて飼うと泣く子かな」よっち

人丸忌(ひとまるき)
山邊赤人とならんで歌聖と崇められる柿本人麿の忌
である。その没年については諸説があつて確とはわ
からないのであるが、陰暦三月十八日とせられ、播
州明石の柿本神社(俗に人丸神社といふ)では、四
月十八日に人丸祭を行つてゐる。神輿の渡御などあ
つて相当に賑はふ。柿本神社は石見国美濃郡高津村
にもある。晩年官位の低い一地方官として石見に下
り、五十歳くらゐで任地で没したらしい。人麿の作
品は思想も格調も共に雄渾で、人麿が出て和歌は真
に文学として独特の地位を得たとさへいはれてゐる。
人麿忌(ひとまろき)。
「土佐が昼の人丸兀げし忌日かな」子規
「人丸忌俳書の中の歌書一つ」つや子
「山邊(やまのべ)の赤人が好き人丸忌」虚子

小米花(こごめばな)
茎の高さ四尺許、葉は柳に似て細く、花は米粒程の
花弁の真白な花が枝の上に簇り咲いて、さながら雪
のやうなので雪柳ともいふ。小米花といふ名称もそ
の花弁の容から来たものである。小米櫻。
「小米花花瓶の肩に散りこぼれ」山不鳴
「小米花雨はだんだん霧雨に」雨径
 <岩倉公遺跡>
「四畳半三間の幽居や小米花」虚子
広辞苑から。
こごめ‐ばな【小米花】
@シジミバナの別称。
Aユキヤナギの別称。
しじみ‐ばな【蜆花】
バラ科の落葉低木。中国原産。高さ一〜二メートル。葉は
小さく卵形。四月ごろ、新葉と共に、白色重弁小球状
の花を節々から叢生。観賞用に栽培する。コゴメバナ。
漢名、笑靨花(シヨウヨウカ)。
ゆき‐やなぎ【雪柳】
バラ科シモツケ属の落葉低木。河岸の岩上などに自生。
茎の高さ一・五メートルに達し、葉は披針形。春、葉とと
もに、雪白・五弁の多数の小花をつける。観賞用。コ
ゴメバナ。コゴメヤナギ。コゴメザクラ。漢名、噴雪
花。季・春
そこで一句。
「小米花未明前から白みけり」よっち

山吹(やまぶき)

わが国固有のもので古く万葉の中にもその歌が見え
る。花は主に黄色であるが白いものもある。(但し
白いのは別種である)又一重と八重とある。仲春か
ら晩春にかけて花を開くが、八重山吹は単弁のもの
よりも遅れる。花の鮮かな黄色と、葉や茎の濃い青
さとの取り合せの、これくらゐ美しい花は少ない。
濃山吹(こやまぶき)。葉山吹(はやまぶき)。
「ほろほろと山吹ちるか瀧の音」芭蕉
「山吹の花のこりたる山路かな」素十
「門内にかくれ坊やと濃山吹」立子
「風呂を炊く姉さんかむり濃山吹」静雲
「川波に山吹映り澄まんとす」虚子

躑躅(つつじ)

躑躅の名所としては先ず九州の雲仙岳に指を屈すべ
く、花時は全山躑躅といつていいくらゐに咲き満ち、
頗る美観を呈する。其他霧島山・八ヶ岳山麓・那須・
赤城・箱根・兎和野原・保津川・館林等数限りもな
い。やまつつじ。きりしま。
「旅籠屋の夕くれなゐにつつじかな」蓼太
「垣なくて妹が住居や白つつじ」雁宕
「躑躅濃し鳳凰堂の両翼に」泊月
「躑躅のをと行きかく行き手をかざし」鳴子
「映りたるつつじに緋鯉現れし」虚子

馬醉木の花(あせびのはな)

馬醉木といふと先づ奈良を思ひ浮かべる。葉は椎の葉に
似てやや細長い。十一月頃からもう花ごしらへを始め、
仲春・晩春・初夏にかけて小さな壷の格好をした白い花
穂を垂れる。極めて地味な古風な花で近寄ると仄かな香
を放つ。有毒である。あせぼの花。あしびの花。
「馬醉木より低き門なり浄瑠璃寺」秋櫻子
「そのかみの髪にかざせし馬醉木かや」まつ女
「奈良に来て天長節や花馬醉木」水竹居
「花馬醉木春日の巫女の袖ふれぬ」虚子

ライラツク

紫丁香花(むらさきはしどい)ともいふ。観賞用として
庭園に培養される。大きな円錐花序に四裂筒状淡紫色の
小花を綴る。香気が強く、香水の原料となる。
リラの花。
「騎士の鞭ふれてこぼるるライラツク」沼蘋女
「懐しき名なりしフリダリラのこと」友次郎
「舞姫はリラの花よりも濃くにほふ」青邨
「夜話遂に句会となりぬリラの花」虚子

苗代(なはしろ)
稲の苗を仕立てる田である。雀などを威すためによ
く竿の先に紙きれを附して立てる。それがあをあを
とした苗の上に吹き靡(なび)いてゐるのなどはま
ことにすがすがしい。
苗田(なへた)。苗代田(なはしろた)。苗代時(
なはしろどき)。
「泥亀や苗代水の畦づたひ」史邦
「苗代の水田に昼の雲動く」肋骨
「苗代の二枚つづける青さかな」たかし
「門邊なる苗代水の澄める朝」虚子

朝顔蒔く(あさがほまく)
四月上旬から五月いつぱいならば何時蒔いてもいい
のであるが、やはり八十八夜前後が最もよいとされ
てゐる。十日間くらゐを隔てて数回蒔いておけば絶
えず新しい花が見られるであらう。
「朝顔を蒔いて居るなり窓の下」秋翠
「朝顔を蒔きたる土に日欄干」秋邨
「生えずともよき朝顔を蒔きにけり」虚子

茶摘(ちゃつみ)
茶の芽は四月中旬から摘み始め、八十八夜から
ニ、三週間の間がもっとも盛りである。最初の
十五日間を一番茶とし、二番茶・三番茶・四番
茶まで摘む。茶摘女の風俗は、宇治では赤襷(
あかだすき)、赤前垂に紅白染分け手拭をかぶ
り、赤紐で茶摘籠を首に掛け、茶摘唄をうたい
ながら摘むのだが、茶摘もしだいに機械力を借
りるようになって、昔の情趣はなくなった。
宇治では、およそ旧三月一日、二日、三日に初
めて茶を摘み、手始(てはじめ)と言った。
茶は春霜、余寒の気を恐れるので、葦芦を組ん
ですだれとし、日影を漏らさないように、茶の
樹の上を覆い、八十八夜が過ぎると除いた。
宇治のほか、駿河路(川根、天龍)、江州信楽、
武州狭山、筑後八女、肥前嬉野などは茶所とし
て有名である。霧の深いところがよい茶所であ
る。
手始。一番茶。二番茶。三番茶。四番茶。茶摘
女(ちゃつみめ)。茶摘籠。茶摘唄。茶山。茶
山。茶摘時。茶摘笠。
「折々は腰たたきつつ摘む茶かな」一茶
「我庭に歌なき妹の茶摘かな」子規
「つくつくと茶を摘む音のしてゐたり」青邨
「茶摘みせし絣(かすり)もんぺの膝ついて」綾子

種蒔(たねまき)
籾種を苗代に蒔くのをいふのであるが、春、花卉其
他の種を蒔くのをもいふ。八十八夜前後、彼岸前後
は一年中で最も種蒔が盛んである。種おろし。籾蒔
く。物種蒔く。
「種蒔や満古ゆるがず榛名山」鬼城
「種をまく小脇の籠のゆがみかな」土音
「種蒔くや先づ神の座に一抛り」土音
「指先を流るゝ如し種を蒔く」泊月
「種蒔くや雪の立山神ながら」一杉
「京の旅無事に戻りて籾を蒔く」柿大
「いかづちの鳴りどよもせる種下し」萬吟子
「籾を蒔く父を見てをり未だ不及」みづほ
「籾蒔の腕一ぱいに箕を抱けり」としを
「老の手の震ふがまゝに種を蒔く」王城
「相追うて種を蒔き居る二人かな」虚子
さて今日の季題で一句。
「籾蒔や飯豊の山も見ておはす」よっち

水口祭(みなくちまつり)
苗代をつくると、水が豊かで苗の育ちがいゝやう
にと、その田の水口に藁で造つた五十串(いくし)
にさゝやかな幣を挟み、牛頭天王を祭る。地方に
よつては牡丹の花・躑躅・青柳の枝などその時の
花を押し添へたりする。
「祭すんで水口の幣に小雨ふる」竹湍
「畦草を刈りて水口祭りけり」村家
「水口をまたぎて押しゝ御幣かな」紫陽花
「水口を祭る種々(くさぐさ)蓑のうち」泊雲
「水口や幣をかための石一つ」波川
広辞苑から。
水口祭(みなくちまつり)
農事を始める時、苗代田の水口にツツジなどの枝を
挿し、焼米を包んだものや神酒などを供えて祭る行
事。種祭(たなまつり)。みと祭。苗代祭。・季春・
そこで一句。
「水口の御幣を拝む爺と婆」よっち

蚕(かひこ)
蚕といへば春蚕(はるご)をいふので、夏・秋の蚕は特に夏蚕・
秋蚕と呼ぶ。四月中旬蚕卵紙(さんらんし)から孵化し、盛ん
に桑の葉を食べて一寸五分くらゐの蒼白色の虫に成長する。蚕
飼(こがひ)。蚕飼ふ。たねがみ。掃立。飼屋。蚕室。捨蚕。
蚕時。
「今年より蚕はじめぬ小百姓」蕪村
「月更けて桑に音ある蚕かな」召浪
「古き代のみちのく紙やかみかひこ」白雄
「繭つくるはしり蚕や二つ三つ」亀友
「飼屋時計一番汽車に合せけり」素水
「屋根石のあかつき濡れし飼屋かな」秋櫻子
「板間の鏡の如き飼屋かな」きん女
「弥陀の灯の消ゆるときなき蚕飼かな」秋津
「逡巡として繭ごもらざる蚕かな」虚子
さて広辞苑から。
かいこ【蚕】カヒ‥
(「飼い蚕(コ)」の意) チョウ目(鱗翅リンシ類)カイコガの幼虫。
孵化した時は剛毛の存在によって黒く見える(毛蚕ケゴ・蟻蚕)
が、第一回の脱皮後灰色となる。多くは暗色の斑紋を具え、
一三個の環節がある。通常四回の眠を経て、脱皮して成長し、
絹糸を吐いて繭を造り、中で脱皮して蛹(サナギ)となる。羽化
したカイコガは、繭を破って外に出て交尾・産卵し、後死ぬ。
繭から絹糸を取る。家蚕(カサン)。御蚕(オコ)。季・春。堤中納
言「きぬとて人々の著るも―のまだ羽つかぬにし出だし」
そこで一句。
「旺盛な食欲見せる蚕かな」よっち

畔塗(あぜぬり)
田を打ち終つた後、畔から水が洩れないやうに土で
塗り固めることである。てらてらと春日に光るきれ
いな畔がだんだん塗り立てられてゆく。塗り畔。
「畔ぬりや蓑ふりすゝぐ流れ川」荊口
「夜畔塗るやよく見ゆるなと人過ぐる」土音
「塗り上げし畔の影ある水田かな」かしは
「塗畔や水に没して紫雲英あり」煤六
「畔ぬりや水にうつして松の心」呂杣
「畔塗るや山ほとゝぎす啼きしきり」鬼瓦子
「曙の早き畔塗立てりける」曼陀羅
「ふところへとび込む泥や畔を塗る」先頭
「鍬の柄を流るゝ雨や畔を塗る」蕉子
「畔塗の蓑逆立ちて吹かれけり」奇北
「畔を塗る鍬の光をかへしつゝ」虚子
さて広辞苑から。
あぜ‐ぬり【畔塗り】
田の土を鋤(スキ)などで畔に壁のように塗り付ける作業。
低く拡がった畔を正し、灌漑水の漏出を防ぐ。ふつう
田植前の、春に行う。くろぬり。季・春
そこで一句。
「くろぬりの出来に頷き煙草吸う」よっち

蛙(かはづ)
俳句には最も縁の深い動物の一つで、田圃などで鳴く。最
も喧しく鳴き揃ふのは春の交尾期で、雄が雌を呼びたてる
のである。山田などで昼の蛙がころつころつと鳴いてゐる
のもよく、其他時により所により夫々趣がある。春はじめ
て聞く蛙を初蛙といふ。かへる。鳴蛙(なくかはづ)。遠
蛙(とほかはず)。昼蛙。
「手をついて歌申しあぐる蛙かな」宋鑑
「古池や蛙飛こむ水の音」芭蕉
「飛入てしばし水ゆく蛙かな」落梧
「閣に坐して遠き蛙をきく夜かな」蕪村
「なく蛙溝の菜の花咲にけり」一茶
「痩蛙まけるな一茶是にあり」一茶
「水汲みに行けば飛びこむ蛙かな」月村
「藪下にひとり蛙釣る子かな」石鼎
「夜の園くわいくわいと鳴く蛙かな」青邨
「俳諧のたまの夜更かし遠蛙」月尚
「みどり児と蛙鳴く田を夕眺め」汀女
「草に置いて提灯ともす蛙かな」虚子
広辞苑から。
かわず【蛙】カハヅ
@カジカガエル。万一○「―鳴くなり秋といはむとや」
A平安初期頃から混同して、カエルのこと。季・春。
「古池や―とびこむ水の音」(芭蕉)
そこで一句。
「水廻り棒を持つ手や鳴蛙」よっち

躑躅(つつじ)
躑躅の名所としては先づ九州の雲仙嶽に指を屈すべ
く、花時は全山躑躅といつてもいゝくらゐに咲き満
ち、頗る美観を呈する。其他霧島山・八ヶ岳山麓・
那須・赤城・箱根・兎和野原・保津川・館林等数限
りもない。やまつつじ。きりしま。
「旦夕のはしゐはじむるつゝじかな」其角
「つゝじ野やあらぬ所に麦畑」蕪村
「旅籠屋の夕くれなゐにつゝかな」蓼太
「垣なくて妹が住居や白つゝじ」雁宕
「紫の夕山つゝじ家もなく」子規
「酒の燗する火色なきつゝじかな」泊雲
「躑躅濃し鳳凰堂や両翼に」泊月
「岩がくれ霧がくれなる躑躅かな」月心
「躑躅野をと行きかく行き手をかざし」鳴子
「映りたるつゝじに緋鯉現れし」虚子
広辞苑から。
つつじ【躑躅】
@ツツジ科ツツジ属(シャクナゲ類を除く)の常緑また
は落葉低木の通称。山地に多く自生、また観賞用とし
て栽培。小枝を多く分岐し、枝・葉には細毛がある。
春から夏にかけ、赤・白・紫・橙色などの大形の合弁
花を単立または散形花序に開く。種類が多い。
ヤマツツジ・レンゲツツジ・サツキなど。季・春
A襲(カサネ)の色目。表は蘇芳(スオウ)、裏は萌葱(モエギ)。
または、表は白、裏は紅。
そこで一句。
「高層の建物群に躑躅かな」よっち

藤(ふぢ)
藤の名所は武州粕壁・牛島・越中藤波神社・奈良公園・山
城平等院等が知られ、其他至るとことの寺社等に多い。藤
の咲く頃になるともう日射しにもめつきり夏近きを思はせ
るものがある。藤の花。山藤。藤波。藤棚。
「草臥して宿かる比や藤の花」芭蕉
「水影やむささびわたる藤の花」其角
「山もとに米踏む音や藤の花」蕪村
「池のふねへ藤こぼるゝや此夕べ」太祇
「白藤や猶さかのぼる淵の鮎」几董
「ほそぼそと藤の間を降小雨かな」只丸
「うち向ふ谷に藤咲くゆあみかな」秋櫻子
「山藤の短き房を活けにけり」橙黄子
「しとしとと今日も続くや藤の雨」立子
「藤垂れて今宵の船も波なけん」虚子
広辞苑から。
ふじ【藤】フヂ
@マメ科フジ属の蔓性落葉木本の総称。山野に広く自生する
ヤマフジ、また観賞用の多くの園芸品種がある。幹の長さ一
○メートル以上、他物にからみ、右巻き。葉は羽状複葉。五〜六
月頃淡紫色または白色の蝶形の花をつけた長い総状の花穂を
垂れる。莢(サヤ)は長楕円形。蔓は強靱で、縄の代用など各種
の用に供する。紫藤(シトウ)。季・春。
万一四「春辺咲く―の末葉のうらやすに」
A藤・葛(カズラ)などの蔓(ツル)。徒然草「―の先は…牛の角の
やうに撓むべし」
B「ふじごろも」の略。
C「ふじいろ」の略。
D紋所の名。藤の葉・花房を模様化したもの。上がり藤・下
がり藤・杏葉藤・三つ葉藤・九条藤などがある。
E襲(カサネ)の色目。表は薄紫、裏は青。ふじがさね。
そこで一句。
「白藤や祖父の自慢で長い房」よっち

行春(ゆくはる)
まさに尽きんとする春。暮春などと同じであるが多
少主観が加はつてゐるやうに思はれる。春行く。
「ゆく春や逡巡として遅ざくら」蕪村
「ゆく春は麦にかくれて仕舞けり」青蘿
「ゆく春のとゞまる処遅ざくら」召波
「行春や情を殺して眉こわし」禾人
「行春や咲きこぼれつゝ白つゝじ」村家
「いつしかに春はうつりし庭の雨」てい女
「旅衣春ゆく雨にぬるゝまゝ」久女
「行春や西山の邊(べ)の丹波道」虚子
広辞苑から。
ゆく‐はる【行く春】
暮れてゆく春。過ぎてゆく春。晩春。季・春。拾遺春
「花もみな散りぬる宿は―の故郷とこそなりぬべらなれ」
そこで一句。
「行く春や東北道も緑濃し」よっち

石南花(しやくなげ)
七・八尺に及ぶものもあるが、高山に生えるものは
幹が地に幡屈してゐる。葉は長楕円形で革質、上面
はなめらかで下面は褐色の毛茸に富んでゐる。晩春
、梢頭に淡紅色の花を開く。五弁または七・八弁で、
花の形はつゝじに似てやや大きく、美しい。日光付
近には昔から多い。石楠花。
「石楠花や奥の院へは此の鎖」南蠻寺
「石楠花や龍頭ヶ嶽は鋸のごと」岐二路
「花終へし石楠花ばかり室生寺」周一
「石楠花を隠さう雲の急にして」青畝
「石楠花や院前の石雲の如」耕雪
「石楠花や峰の一院雲がくれ」雨声
広辞苑から。
しゃくなげ[石南花・石楠花]
ツツジ科ツツジ属の常緑低木数種の総称。広くはセイ
ヨウシャクナゲおよびその園芸品種なども含むが、狭
義にはアズマシャクナゲおよび西日本のツクシシャク
ナゲを指す。高山・亜高山に生じ、高さ1〜2メート
ル。葉は革質、長楕円形、表面は深緑色で光沢があり、
裏面は淡褐色または白色の蜜毛を生ずる。初夏、ツツ
ジに似た5〜7弁の合弁花を多数開く。色は白色ない
し淡紅色。褐色の毛のある果実を結ぶ。卯月花。
・季夏・
そこで一句。
「石南花の祭を今年も小国かな」よっち

薊の花(あざみのはな)
普通あざみといふのは、「のあざみ」のことである。
三月新苗を生じ、春の末生長すれば、高さ尺余、更に
高いものは六・七尺に達するものもある。葉の緑には
非常に尖鋭な刺があり、手に触れることが出来ない程
である。葉柄や茎にも亦刺が多い。花の形が婦人の用
ゐる眉刷毛に似てゐるところから「眉作り」又は「眉
はき」とも呼ばれる。花薊。薊。
「母に隠し濡草履干す花薊」南蛮寺
「水かへて薊やいのち長かりし」より江
「比叡のあざみ浪花の水によみがへり」より江
「たくましき薊に鎌を当てにけり」のぼる
「林泉にたけて暮春の薊かな」活刀
「面白くあざみさゝれてうす茶かな」もと女
「富士に在る花と思へば薊かな」虚子
広辞苑から。
あざみ[薊]
キク科のアザミ属多年草の総称。日本に約60種。高
さ0.5メートル。葉は大型で深い切れ込みがあり、とげ
が多く、花は頭花で、緑紫色。フジアザミ・モリアザ
ミ・ハマアザミなどの根は食用とし、タイアザミ類の
根は煎じて強壮薬・解薬・利尿薬とする。刺草(しそ
う)。<季春>
そこで一句。
「花薊刺を鎧て陣太鼓」よっち


若駒(わかこま)
馬は春交尾し、一年で子を産む。三、四月ごろが
一番多い。駒は馬の子または若い馬のことで、馬
と同義にも使う。
それは古く万葉時代からのことで、「青駒の足掻
(あがき)を速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来
にける」柿本人麻呂(巻二相聞)、「馬柵(うま
せ)ごし麦食む駒のはつはつに相見し児らしあや
にかなしも」(巻十四東歌)などその例は多い。
青(黒色)、水青(灰黒色)、栗毛(淡褐色)、
白などの毛色がある。
春駒は、春の野に放牧した馬のこと。「後拾遺集」
に「春の駒とよめる、粟津野のすぐろの薄角ぐめ
ば冬立ちなづむ駒ぞいばゆる」権僧正浄円(春上)、
「長久二年弘徽殿(こうきでん)の女御(にょう
ご)の歌合し侍りけるに春駒をよめる、立ち放れ
沢べに荒るる春駒はおのが影をや友とみるらむ」
源兼長(同)、などの歌があり、「春駒」が歌題
として当時出されていたことを知る。
春駒には別に、馬の頭の作りものを持って正月に
門々に訪れた門付があり、また竹の先に馬の頭の
形に作ったものをつけ、末端に車をつけた玩具に
も言う。また九州では駄菓子の一種に形が馬の一
物似たものを春駒と言っているところがある。ま
た、心が勇みはやるさまを春駒というのは、冬の
間厩に閉じ込められていた馬が、久しぶりに野外
に放たれて元気を取り戻し、また発情期を迎えて、
いばえる声も溌剌としていることから言うのであ
る。
「連歌初心抄」「毛吹草」「初学抄」など、春の
題として掲げている。
馬の子。春の駒。春駒。春の馬。仔馬。孕馬(は
らみうま)。親馬。
「若駒の親にすがれる大き眼よ」石鼎
「春の駒東風(こち)にあらがふごと歩む」盤水
「浅間かけて雲ひとひらや春の駒」由紀