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三省堂 「新歳時記」 虚子編から
季語の資料として引用しています。

八月の季語

秋(あき)
秋−百穀はみのり、大気はすみ、草木は紅葉する。立
秋(八月八日)から立冬(十一月七・八日)の前日ま
での間をいふのであるが、月でいへば八・九・十の三
月を秋とする。三秋(さんしう)とは初秋・仲秋・晩
秋の称。秋九十日間を九秋(きうしう)といふ。ホ句
の秋・島の秋・野路の秋・窓の秋・秋の宿・秋の人など。
「刈りかけし田面ラの鶴や里の秋」芭蕉
「おくられつおくりつ果は木曾の秋」同
「秋もはや雁ン下り揃ふ寒さかな」野坡
<古人移竹をおもふ>
「去来去り移竹移りぬいく秋ぞ」蕪村
<須磨寺にて>
「笛の音に波もより来る須磨の秋」同
<故人にわかる>
「木曽路行ていざとしよらん秋ひとり」同
<遊相國寺>
「花ながら秋となりけり池の蓮」大魯
「看護婦のひまあれば立つ窓の秋」海扇
「手入れして淋しくなりぬ秋の庭」よし
「舟漕いで亭主帰りぬ沼の秋」虚子
広辞苑から。
あき【秋】
(秋空がアキラカ(清明)であるところからか。一説に、収穫
がア(飽)キ満チル意、また、草木の葉のアカ(紅)クなる意
からとも)
@
・一年四季の第三位。天文学では秋分から冬至まで、太陽
暦では九月から一一月まで、太陰暦では七月から九月まで
の三カ月の称。太陽は漸次南下し、昼は短く、夜は長くな
る。
・和歌などで、「飽(ア)き」にかけていう。古今恋「わが袖
にまだき時雨の降りぬるは君が心に―や来ぬらん」
A穀物の収穫の時期。一代男二「折しも麦も―のなかば」
そこで一句。
「時期来ればトンボも飛ぶし来る秋ぞ」よっち

立秋(りつしう)
大概八月八日に当る。土用の後をうけてまだ中々暑
いけれども、夏も漸く衰へて、雲の色にも風の音に
も秋が来たといふ感じがする。「秋来ぬと目にはさ
やかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」といふ歌
などはよくその心持を現してゐる。秋立つ。秋来る。
今朝の秋。今日の秋。
「ひらひらと木の葉動きて秋ぞ立つ」鬼貫
「横雲のちぎれて飛ぶや今朝の秋」北枝
「今朝の秋知らで門掃く男かな」存義
「秋立つや何に驚く陰陽師」蕪村
「女郎花二もと折りぬ今朝の秋」同
「朝顔に秋は立けり明借家」也有
「水底に青砥が銭やけさの秋」召波
「何となく秋も一日過ぎにけり」闌更
「親よりも白き羊や今朝の秋」鬼城
「洟かんで耳鼻相通す今朝の秋」蛇笏
「僧訪へば立秋の偈を示さるゝ」虚子
広辞苑から。
りっ‐しゅう【立秋】‥シウ
二十四節気の一。太陽の黄経が一三五度の時。秋の始め、
太陽暦の八月八日頃。季・秋
そこで一句。
「くさめする今日も日が照る今朝の秋」よっち

桐一葉(きりひとは)
一葉が落ちて天下の秋を知るといふ語は「准南士」に
ある。初秋、大きな桐の葉が風もなくバサリと音を立
てて落ちるのをいふのである。一葉。一葉の秋。
「我宿の淋しさ思へ桐一葉」芭蕉
「水の面に裏返りたる一葉かな」青蓮
「桐一葉日当りながら落ちにけり」虚子

七夕(たなばた)
五節句の一。陰暦七月七日の夜は、牽牛・織女のニ
星が年一回の会合をなすといふ伝説があつて、それ
にちなんだ行事である。徳川時代には随分盛んであ
つた。色紙を短冊形に切つてそれに詩歌・俳句など
を書いて笹竹に結びつけ、庭園・屋上などに立て、
瓜や茄子を供へる。裁縫や習字や手工などのうまく
なるやうにといふ意である。渺茫たる初秋の星空を
仰いで誰がこんな心にくい物語を伝へたものであら
う。現今都会地では陽暦に行はれてゐる所もある。
七夕祭。七夕踊。七夕竹。七夕色紙。七夕紙。願の
糸。七夕流す。
「七夕や加茂川渡る牛車」嵐雪
「恋さまざま願の糸も白きより」蕪村
「七夕や児の額に笹の影」樗良
「七夕やよみ歌聞きに梶が茶屋」召波
「七夕や桂に寄れば月落ちし」白雄
「涼しさや願の糸の吹たまる」乙二
「七夕や端居つゆけきく差の宿」冬葉
「汲水に七夕竹の端しづか」皓火
「七夕の竹剪りてあり家の前」一草
「ひるがえる七夕様をむすびけり」貴葉子
「七夕やおなじ歌かくあねいもと」麥浪
「七夕や妹が遺せる恋のうた」鬼橋
「七夕の歌書く人によりそひぬ」虚子
広辞苑から。
たな‐ばた【棚機・七夕】
(棚すなわち横板のついた織機の意)
@「たなばたつめ」の略。記上「あめなるやお
と―のうながせる」
A五節句の一。天の川の両岸にある牽牛星と織
女星とが年に一度相会するという、七月七日夜、
星を祭る年中行事。中国伝来の乞巧奠(キコウデン)
の風習とわが国の神を待つ「たなばたつめ」の
信仰とが習合したものであろう。奈良時代から
行われ、江戸時代には民間にも広がった。庭前
に供物をし、葉竹を立て、五色の短冊に歌や字
を書いて飾りつけ、書道や裁縫の上達を祈る。
七夕祭。銀河祭。星祭。季・秋。
蜻蛉上「祓ひのほども過ぎぬらん、―は明日ば
かりと思ふ」
そこで一句。
「七夕やカレイライスを食しつつ」よっち

星祭(ほしまつり)
七夕の夜、牽牛・織女の二星を祭る行司である。星
迎・星合・二つ星・夫婦星・彦星・織姫・星の契・
星の別・星今宵・星の夜・星の手向・鵲の星などが
昔から季語として扱われてゐる。
「夜明けまで雨吹く中や二つ星」丈草
「よみ歌をひそかに星の手向かな」几菫
「あさがほがまゐりて星の別かな」二柳
「加茂川や誰やら渡る星の有」曉臺
「星合やちらかり遊ぶ小暗がり」りん女
「綺羅星の中の二星やあきらかに」歩魚
「端近く古き机や星祭」まさ子
<筑前大島星の宮七夕祭>
「彦星の祠は愛しなの木陰」久女
「この朝の妻の一句や星祭」雨圃子
「立箏にふれて起ち居や星迎へ」桂樹楼
「反古裏に書集めあり星の歌」虚子
広辞苑から。
ほし‐まつり【星祭】
@密教で、除災・求福のために当年星または本命星(ホンミヨウセイ)
をまつること。星供(ホシク)。
A七夕(タナバタ)祭。季・秋
そこで一句。
「天空の数ある星や夫婦星」

天の川(あまのがは)

澄渡つた夜空を仰ぐと、雲のやうに伸び横たはつた
見事な星群が眺められる。これが天の川で、銀河と
も銀漢(ぎんかん)ともいふ。秋の夜空を領するこ
の大光帯は七夕などに連関して、ロマンチツクな伝
説を持つてゐる。
「荒海や佐渡に横たふ天の川」芭蕉
「木曾山へ流れ込けり天の川」一茶
「大公孫樹ゆがみ聳ゆる銀河かな」槇児
「馬追の声ばかりなり天の川」あふひ
「ふるさとの夜の暗さや天の川」椿山
<夜都府楼趾に佇む>
「天の川の下に天智天皇と臣虚子と」虚子

中元(ちゆうげん)
盆が近づくと親しい家々では互いに物を贈答する。中
元といへば、元来陰暦七月一五日のことであるが、今
は主として盆礼のことをいふ。
「中元のきまり扇や左阿彌」誓子
「中元や水引かけて干うどん」右岳
「中元の一僕立てる玄関かな」而呑史
広辞苑から。
ちゅう‐げん【中元】
@(正月一五日を上元、一○月一五日を下元として祝う
のに対して) 七月一五日の佳節。半年生存の無事を祝い、
盂蘭盆(ウラボン)の行事をし、亡霊に供養する。
A中元の時期にする贈物。季・秋
そこで一句。
「中元やみやげ話も添えて行く」よっち

生身魂(いきみたま)
陰暦七月八日から十三日迄の間、諸家で吉日を選ん
で両親の長命を祈つてその生御霊に饗応することで、
生盆(いきぼん)ともいはれる。蓮の葉に糯米飯を
包み、刺鯖を添へて贈り合つたりして祝ふ。これを
蓮の飯(はすのいひ)といふ。七月十五日との説も
ある。
「生身魂畳の上に杖つかん」龜洞
「生身魂こゝろしづかに端居かな」青畝
「古里にふたりそろひて生身魂」同
広辞苑から。
いき‐みたま【生見玉・生御霊】
陰暦七月の盆の頃、生存している父母に祝物を贈り
または饗応する儀式・行事。また、その贈物・食物。
室町時代以後の文献に現れる。生身魂。生盆(イキボン・
シヨウボン)。季・秋。建内記「世俗―と号す。源は
盂蘭盆経より起る也」
そこで一句。
「生御魂共に仲良くお元気で」よっち

草市(くさいち)
陰暦七月十二日の夜から一三日の朝にかけて、魂祭
に要する蓮の葉・眞菰筵・眞菰の馬・溝萩・茄子・
鬼灯・土器・供養膳・間狭垣・苧殻の類を売る市で
盆の市ともいふ。陽暦で行ふ地方もある。
「先匂ふ眞菰筵や草の市」白雄
「草市の買物持たす舞妓かな」くに女
「草市や隣の人の傘雫」更生
「草市ややがて行くべき道の露」虚子

盂蘭盆(うらぼん)
陰暦七月一五日前後に行う仏事で、盂蘭盆会、盆会
又は単に盆ともいふ。陰暦又は一月遅れに行ふ地方
もある。新盆は、新たに仏籍に入つた人の初めての
盆をいふ。一三日の黄昏から墓地に行つてそこから
提灯を灯して精霊を迎へて来るやうな風習も地方に
よつては行はれてゐる。又迎火・送火等の門火を焚
き灯篭を灯す。其他、眞菰の馬・茄子の牛・瓜の馬・
眞菰等を飾り、白茄子・葡萄・甘藷・梨・桃・青柿
等の初物に掛索麺などを供へ、芋殻の箸を添へたり
して祭るのである。盆祭。
「草枕故郷の人の盆会かな」曉臺
「川べりに線香とぼるお盆かな」續人
「灸すゑて百姓盆を遊び居り」素方
「揚船とならべる盆や盆掃除」きゆう
<父の遺業をつぎて>
「商も馴れて新盆むかへけり」乍童
「信州の飯田は涼し盆の秋」虚吼
「盆寺や削りひろめし詣道」杏坡
「盆禮の心づもりや針さして」和香女
「盆布施のきばつてありしちとばかり」静雲
「先代の死絵の軸や盆芝居」もの介
「初盆や偽りのまま逝きし人」耕雪
「墓原のどこもよく似し盆の寺」虚子
広辞苑から。
うらぼん【盂蘭盆】
(梵語 ullambana  倒懸と訳され、逆さ吊りの苦しみ
の意とされるが、イランの語系で霊魂の意の urvan
とする説もある) 盂蘭盆経の目連(モクレン)説話に基づき、
祖霊を死後の苦しみの世界から救済するための仏事。
陰暦七月一三日〜一五日を中心に行われ、種々の供物
を祖先の霊・新仏・無縁仏(餓鬼仏)に供えて冥福を祈
る。一般には墓参・霊祭(タママツリ)を行い、僧侶が棚経
(タナギヨウ)にまわる。地方により新暦七月・八月など日
が異なる。盆。うらんぼん。盂蘭盆会(ウラボンエ)。精霊
会(シヨウリヨウエ)。季・秋
「じいちゃんやばあちゃんあいに盆まつり」よっち

魂祭(たままつり)
精霊祭(しやうりやうまつり)ともいふ。陰暦七月十三日から
十六日に亙る間、霊棚(たまだな)を設け、眞菰を敷き、供物
を備え、棚経を誦しなどして祖先の霊を祭るのをいふ。霊祭(
たままつり)
「旅人の障子一重や魂祭」涼菟
「おもしろき人にてありし魂祭」把栗
「霊まつり畳かへたる一間かな」羽公
「後添ひの話ありつつ霊まつり」鬼風
「霊まつるいとなみもせず旅住居」莉花
「祖々の末座にこそは母の霊」左兵子

施餓鬼(せがき)
盂蘭盆会又はその前後の日に、諸寺院で無縁の霊を
弔ひ供養をすることをいふ。宗旨に依つてその儀式
は色々であるが、多くは中央に施餓鬼棚を設け、種
々の供物を供え五如来又は七如来の名を記した紙の
施餓鬼幡を立て、三界萬霊の位牌及び新霊の位牌を
並べて寺院が経を上げるのである。この寺を施餓鬼
寺と称する。水死人の霊を弔ふために川岸や水上に
船を浮べて行ふのを川施餓鬼又は船施餓鬼といひ、
その船を施餓鬼船といふ。
「川下や施餓鬼のものゝ流れ来る」不迷
「僧を乗せて高く揺れ居り施餓鬼船」花囚
「古びたる午下の日輪川施餓鬼」誓子
「飯食(はんじき)に蝿の遊べる施餓鬼棚」王城
「もりものに揺ぐ灯影や施鬼の飯」蓬丈
「蜀の穂の起きるひまなし川施餓鬼」白汀
広辞苑から。
せ‐がき【施餓鬼】
〔仏〕飢餓に苦しんで災いをなす鬼衆や無縁の亡者の
霊に飲食を施す法会。今日では盂蘭盆会と混同。水陸
会。施餓鬼会。季・秋
「読経と線香流る施餓鬼かな」

墓参(はかまゐり)
盂蘭盆会に先祖の墓に詣でることである。盆近くな
ると綺麗に墓掃除しをし、竹筒の花立・線香立等取
替へたりする。盆参(ぼさん)には香華を手向け燈
篭を立て又は盆提灯を掛けて、夜間はこれを灯して
置くものが多い。展墓(てんぼ)。掃苔(さうたい)。
「家は皆杖に白髪の墓参り」芭蕉
「月洩るや樗の下の墓参」卯七
「たけ高き草踏みつけて墓参」花笠
「古道にあふ人もなし墓参り」非風
「朝風に線香よく燃ゆる墓参かな」水風子
「山畑や続き下りくる墓参人」櫻魚
「来合わせしうからやからや墓詣」煤六
「掃苔や餓鬼が手かけて吸へる桶」誓子
「花筒を打つ山彦や墓参」慶舟
「曳馬野の萩を手向や墓参」茶仙
「静さに箒の音や墓詣」宵子
「花提げて先生の墓や突当り」虚子
広辞苑から。
はか‐まいり【墓参り】‥マリ
墓へまいって拝むこと。墓詣で。展墓。ぼさん。俳諧
では特にお盆の頃のをいう。季・秋。「―に帰郷する」
そこで一句。
「汽車乗つて越後新発田に墓参り」よっち

燈籠(とうろう)
盆燈籠とひ、供養のため精霊に供へるのである。
新盆の家では数日前から灯しはじめる。都会では
此種の行事は次第に廃れ、今は只盆提灯と称し秋
草等を描いた美しい提灯を吊るくらゐが普通であ
る。高燈籠・揚提灯は案外に高く竿などを立てて
揚げるもの。切手燈籠は切子といひ、燈籠の枠を
四角の角を落した切手形に作り、薄い白紙で貼り、
燈籠の下の四辺には模様等を透し切にした長い白
紙を下げたもの。折掛燈籠は竹を折りかけて紙を
貼つたもの。花燈籠は四辺の角々に蓮華等の造花
を飾りつけたもの。絵燈籠は彩色絵をかいたもの。
軒燈籠は軒に吊るもの。墓燈籠は墓地に立てるも
の。其他色々のものがある。燈籠店。
「高燈籠ひるは物うき柱かな」千那
「初恋や燈籠に寄する顔と顔」太祗
「草原にそよそよ赤い灯籠かな」一茶
「老の手のふるへて灯す燈籠かな」泊月
「燈籠に入るるともしを手渡しぬ」虚子

踊(をどり)
盆踊をいふ。唄・節などを地方に依つて一様ではない。概ね
音頭を囲んで男女輪をつくつて行ふ。おけさ踊・懸踊・念仏
踊・題目踊・つんつく踊・雀踊・伊勢踊・木曾踊・岡崎踊・
阿波踊等その種類は頗る多い。踊場。踊の場。踊子。踊手。
踊笠。踊浴衣。踊唄。音頭取。踊太鼓。踊見。
「踊子よ翌は畠の草ぬかん」去来
「或人の紛れて入りし踊かな」白雄
「踊まだ八瀬大橋の夕まぐれ」茄子
「踊うた我世の事ぞうたはるる」虚子

花火(はなび)
火薬を調合し、之を火に点じて、爆音・煙火・火光・
形象等を発現せしめる火技をいふ。揚花火は空中に
打揚げ爆発せしめるもの・仕掛花火は地上に仕掛け
て置いて種々の形象を花火で現すものである。火車
となつて回転するもの、或は龍となり、風景となり、
いろいろだ。煙火(はなび)。遠花火(とほはなび)
昼花火。花火舟。花火見。花火番付

蜩(ひぐらし)
夕暮によく鳴き、暁にも鳴く。かなかなと聞こえる。蜩
が鳴くと、秋になつたといふ感じがする。日暮し。かな
かな。
「蜩や山田を落る水の音」諷竹
「蜩の啼けば瓢(ひさご)の花落ちぬ」暁臺
「蜩や几を壓(お)す椎の影」子規
「蜩や餘り大きな名ざし宿」士櫻
「日もすがら蜩鳴くや山嫁」小提灯
「かなかなのひびきて水の広さかな」紅洋
「かなかなの俥おりたる母の家」稲女
「ひぐらしや陽明門のしまるころ」水竹居
「ひぐらしや子供一人で茶所の番」三千女
「かなかなに後れ勝なる仕事かな」虚子
広辞苑から。
ひ‐ぐらし【蜩・茅蜩】
セミの一種。体長二・五〜四センチメートル。全体は栗褐色で緑
色および黒色の斑紋が多い。雄の腹部は大きく、薄く半
透明で、共鳴器となる。夏から秋にかけ、夜明けや日暮
に、高く美しい声で「かなかな」と鳴く。カナカナ。
季・秋。万一○「夕影に来鳴く―」
そこで一句。
「かなかなの没我を誘う音に入る」よっち

法師蝉(つくつくぼふし)
八月から鳴きはじめる。鳴声から名前を得てゐるが、
「おしいつくつく」ともきこえる。「筑紫恋し」と鳴
くのだと書いた本もある。「づくづくし、づくづくし、
ずくっしょ、ずくっしょ」と聞いて、この蝉が鳴き出
すと、熟柿が出来るといひ伝へてゐる地方もある。つ
くづくぼふし、法師蝉(ほふしぜみ)。
「法師蝉の初蝉なれや鳴きをはる」草田男
「人の来てつくつく法師つまづくぬ」且鹿
「秋風にふえてはへるや法師蝉」虚子
広辞苑から。
つくつく‐ぼうし【つくつく法師・寒蝉】‥ボフ‥
(鳴き声による名) セミの一種。体長三センチメートル(翅を含
めて四・五センチメートル)内外の細形のセミ。暗黄緑色で黒斑
があり、金色の毛が多い。翅は透明、翅脈は褐色。七月
末から九月末まで「おおしいつくつく」と鳴く。クツク
ツボウシ。筑紫恋し。法師蝉。季・秋。〈書言字考〉
そこで一句。
「杜を経て風に乗る声法師蝉」よっち

残暑(ざんしょ)
秋になつてからの暑さをいふ。残暑は凌ぎ難いもの
であるが、いつとはなく秋風が立つ。秋暑し。
「菜畠に残る暑さや瓜の苗」許六
「雨多し土用なりしが残暑かな」香墨
「船のびて残暑の門司を歩きけり」雨城
「深川の祭見にゆく残暑かな」勝男
「端近く蜂のぶらつく残暑かな」青畝
「秋暑し植込枯れし氷店」馬太
「秋暑し峠に茶屋はなかりけり」ゆきを
「我が庵は斯く住む故に残暑かな」彼水
「身邊や秋の暑さや蝿叩」秋皎
「秋暑し再び茄子の花ざかり」措大
「秋暑し瓢の形日々によし」みのる
「やうやうに残る暑さも萩の露」虚子
広辞苑から。
ざん‐しょ【残暑】
立秋後の暑さ。秋になってなお残る暑さ。季・秋。
「―が厳しい」
そこで一句。
「絵葉書に残暑見舞いと書いてあり」よっち

新涼(しんりょう)
秋はじめて催す涼しさをいふのである。残暑のうちの一雨のあと、
萩叢などから起こる一沫の涼風など、 新鮮な甦ったやうな感触である。
秋涼し、秋涼(しゅうりょう)。
「西窓の初めて涼し四畳半」桂堂
「新涼や豆腐驚く唐辛子」音羅
「新涼の雨や芭蕉をひるがえし」巌
「新涼や尻をまくりて茄子畑」虚吼
「新涼や白きてのひらあしのうら」茅舎
「新涼の箒をもたす大樹かな」藪十
「新涼の手拭浮けぬ洗面器」汀女
「新涼や月光うけて雨しばし」あふひ
「新涼や紫はしる箒草」遊史
「新涼や佛にともし奉る」虚子
広辞苑から。
しん‐りょう【新涼】‥リヤウ
秋の初めの涼気。秋涼。季・秋
そこで一句。
「新涼や一枚羽織る女を見る」よっち

稲妻(いなづま)
秋の夜、雷鳴はなく電光のみが走ることがある。こ
れをいふのである。古諺に「陽炎は消えて明く、稲
妻は消えてくらし」とある。稲妻があつて稲が実る
とといふ俗説もある。稲光。稲の殿。
「稲妻やきのふは東けふは西」其角
「底村や山のうしろの稲光」凍月
「稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ」汀女
「稲妻をふみて跣足の女かな」虚子

流星(りうせい)
流星は八月中旬に最も多いといふ。宇宙間に浮遊し
てゐる塵のやうな星屑が、どうかして地球の大気圏
内に飛び込むと、火を発して流星となる。燃焼し尽
さないで地上へ落ちて来たものが隕石である。しば
らく秋の夜空を仰いでゐると流星はいくらでも見つ
けることが出来る。ながれぼし。夜這星。星飛ぶ。
「星のとぶもの音もなし芋の上」青畝
「むらさきの流星垂れて消えにけり」念腹
「流れ星月明かに幽かなり」虚子

芙蓉(ふよう)

淡紅、白色などの花で、美しい。
 木は五・六尺くらいのものである。
 花芙蓉(はなふよう)。
 「芙蓉花下七面鳥の夫婦かな」 虚子

木槿(むくげ)

朝開き、夕凋み、翌朝はもう咲かないといふので、
槿花一日之栄などといふ言葉がある。淡紫・淡紅・
白色など色々ある。木はあまり大きくならない。
観賞用に生垣などに植ゑられる。昔はこれを「朝
貎」と呼んだらしい。きはちす。花木槿(はなむ
くげ)。木槿垣(むくげがき)。
「道のべの木槿は馬に喰はれけり」芭蕉
「干竿の路地につきぬけ木槿垣」蜻川
「刈りつめて花もまばらや木槿垣」芳水
「いつ迄も吠えゐる犬や木槿垣」虚子

鳳仙花(ほうせんくわ)

赤や白や絞り、紫などいろいろの種類があつて八・
九月頃が盛りだ。細長い花梗で、花は下向に下がつ
てゐる。距(きょ)がある。女の児たちが葉や花弁
をもみつぶして爪を染めたりするのはこの花である。
縦に割れ易い実をつける。園養される。葉は相当太
いが、軟弱で、雨や風にもすぐ傾いたり倒れたりす
る。つまくれなゐ。つまべに。
「借りて恥ず戸なき便所や鳳仙花」義朗
「朝々の葉面落花や鳳仙花」蜂月
「鳳仙花夕日に花の燃え落ちし」花蓑
「朝晩は涼しくなりぬ鳳仙花」風生
「鳳仙花咲きつつ種を吐きにけり」萌人

白粉の花(おしろいのはな)
葉は賑やかに繁るが、花は小さくわびしい。黄・赤・白など
いろいろある。ラッパのやうな格好だが、わづかに五つに裂
けてゐる。花がポロリと落ちると、その下に丸い実がある。
黒い。話つて見ると中に白い胚乳がたまつてゐる。おしろい。
「行水や白粉花に肌ふるゝ」月斗
「白粉の花に飯籠乾きをり」草千
「白粉花や日覆の綱の垂れさがり」湘海
「おしろいの黄が明らかに咲きにけり」かすみ女
「おしろいの夕が夜となる長食事」曉水
「白粉の花落ち横に縦にかな」虚子
広辞苑から。
おしろい‐ばな【白粉花】
オシロイバナ科の多年草。熱帯アメリカ原産で、江戸初期に
日本に渡来。高さ六○〜七○センチメートル。茎の分岐点には膨れ
た節がある。夏から秋にかけて数花ずつ集まり咲き、花(本
来は萼)の形は漏斗状で微香があり、色は黄・紅・白など。
果実は球形で堅く黒熟、中の白粉状の胚乳をおしろいの代
用にした。オシロイグサ。夕化粧。季・秋
そこで一句。
「おしろいの花を残して草を刈り」よっち

朝顔(あさがお)

朝開くので朝顔といふ名を得てゐる。但し万葉の憶
良が朝貌之花と称して、秋の七草の一に数へてゐる
のは、今の朝顔ではないといふことである。晩夏に
咲きもするが、古人が秋と定めたことはかりそめで
はない。最も秋にふさはしい花である。牽牛花(け
んぎうくわ)の名がある。
「朝顔は酒盛しらぬさかりかな」芭蕉
<閉關>
「朝顔や晝は錠おろす門の垣」同
「昨年の蔓に蕣(あさがほ)かゝる垣根かな」素堂
「蕣やぬかごの蔓のほどかれず」乃肩
「朝顔の莟かぞへん薄月夜」田上尼
「朝顔は末一りんに成にけり」舟泉
「あさがほや明星すめる置盥」龜友
「朝顔や星のわかれをあちら向」千代尼
「朝顔に垣根さへなき住居かな」太祗
「明暮と朝顔守る庵かな」召波
「君が扇の風朝顔に届くかな」一茶
「朝顔や横たふは誰が影法師」同
「朝顔やよべの暴風雨の残り風」花兄
「暁の紺朝顔や星一つ」虚子
広辞苑から。
あさ‐がお【朝顔】‥ガホ
@朝、起き出たままの顔。寝起きの顔。あさがたち。枕二七
八「殿おはしませば、ねくたれの―も御覧ぜんと引き入る」
A(朝咲く花の意とも、朝の容花カオバナの意ともいう) ヒルガ
オ科の蔓性一年草。熱帯アジアの原産で、わが国には中国か
ら渡来し、江戸後期に園芸植物として改良発達した。広くは
別種のアメリカアサガオを含める。茎は左巻き。夏、葉の付
け根にラッパ形の大きな花をつける。品種が多く、花色は白
・紫・紅・藍・縞・絞り、また形も獅子咲きなど変化に富む。
種子の色も黒・茶・白などあり、生薬の牽牛子(ケンゴシ)として
利尿・下剤。秋の七草にいうアサガオは別植物。しののめぐ
さ。鏡草。牽牛花。蕣花。季・秋
Bキキョウの古名。〈新撰字鏡七〉
Cムクゲの別称。〈名義抄〉
Dヒルガオの別称。
Eカゲロウ(蜉蝣)の古名。
F襲(カサネ)の色目。表裏とも縹(ハナダ)色。九月に着用。(桃華蘂葉)
G漏斗の形をしたもの。
H男の小便用の便器。
I(bosh) 溶鉱炉(高炉)の部分名称。上部から装入され降下し
た鉄鉱石・珪酸分・マンガン鉱石などが全部溶解して溶銑と
鉱滓を形成し、湯だまりに降下する場所で、装入物の容積が
縮小するため漏斗状に上向きに開いているのでこの名がある。
熱風を送入する羽口(ハグチ)がここに開く。
J源氏物語の巻の名。槿。
そこで一句。
「朝顔のやや自己主張あるのかな」よっち

西瓜(すいか)
 西瓜は昔から秋季としたものであるが、 近来栽培法が発達し、
外来種なども多くなり 早生種が多く市場に現れるようになった。
 七夕などによく之を供える。
 むかし隠元禅師 が隠元豆と一緒にこの種を持ってきて始めて
長崎に植えたという記録がある。
 西瓜番(すいかばん)
 「うり西瓜うなずきあひて冷えにけり」 虚子

南瓜(かぼちや)
変な名前であるがぼうぶらが正名らしい。カンボヂヤ
から来たので、かぼちゃといふといふ説もある。植物
学の方では、ぼうぶらは扁円のもの、かぼちや・唐茄
(たうなす)は少し長めのものと区別されてゐる。大
きくて、表面に凸凹の多いほどうまい。西瓜よりも早
く渡つて来たものらしい。
「襞深くものる西瓜の胡粉かな」友風
「溝越して蔓の末なる南瓜かな」華明
「我が南瓜ひき臼程になりにけり」虚子

ささげ
長い莢を結ぶ豆である。三ッ葉で、葉も実も小豆に
似てゐるが、も少し大きい。莢は長く垂れて粒が多
く、東京では十六ささげといひ大阪邊では十八ささ
げといふ。茎は纏繞性で長くなる。飯に炊く。種類
が多い。
広辞苑から。
ささげ【〓(豆へんに工)豆・大角豆】
@マメ科の一年生作物。ヤッコササゲ・ササゲ・ジュ
ウロクササゲの三種がある。アフリカ中部の原産。わ
が国には九世紀頃に渡来。夏、淡紫色の蝶形花をつけ、
秋、莢(サヤ)を結ぶ。暑さに強い。莢・種子を食用とす
る。ササギ。季・秋。継体紀「荳角、此をば娑佐礙
といふ」
A歌舞伎の衣裳で、禿(カムロ)等の袖口に垂れている五
色の紐。形がささげ豆に似る。
そこで一句。
「ささげ煮て糯米を蒸し祝いとす」よっち

地蔵盆(じざうぼん)

(すみさんからの投稿写真から)

地蔵菩薩の縁日は八月二十四日でる。この日諸所
の地蔵に香・橙・果・菓を供へてまつる。子供達
にも因縁の深い佛様で、安産地蔵・子育地蔵・母
子地蔵・子安地蔵などいふのがある。児童の餘興
が催されたりする。京都には六地蔵詣といふのが
ある。六道能化の佛様といふので、四辻や道ばた
に建てられてゐるのである。地蔵祭。地蔵会。地
蔵参。
「地蔵會に人の往来や草の道」白牛
「地蔵會や馬ぞ馬ぞと夜の人出」月尚
「地蔵會や人代りたる鉦の音」まさ女
「一雨にちりたる人の地蔵盆」白夢
「地蔵會や線香燃ゆる草の中」虚子

小豆(あづき)
実は細長い莢の中に六個内外這入つてゐて、莢も実
も美しい。実は所謂あづき色をしてゐる。八月採收
と十月採收の二種類がある。餡・汁粉・菓子・洗粉
等の材料となり、又飯に炊き込んで小豆飯をつくり、
其儘煮ても食ふ。
「尋ねても耳がきこえず小豆揉む」みづほ
「新豆の赤飯炊きぬ御朔日」俳小星
「とやかくとはかどるらしや小豆引」立子

大根蒔く(だいこんまく)
大根の種は普通二百十日前後に蒔く。「煮食用のもの
は八月二十日より二十七日までの間に播種すべし、即
ち二百十日に発芽し居る位を可とす。漬物用のものは
九月四日より八日までを可とす」と蔬菜の専門化はい
つてゐる。
「裾長に着て来し妻や大根蒔き」草秋
「分家して大根蒔く夫婦かな」果采
「遅く蒔き早く出来ると大根蒔」長
「大根の生えて消えたる大雨かな」露子

赤のまんま(あかのまんま)

犬蓼の花のことで、到る所の路傍に咲く。蓼
に似て小さい。花は小粒の穂状をしたもので、
児女がまま事によく赤飯として使ふもの、夏
から秋にかけて咲くけれども感じは秋のもの
である。赤のまま。
「雨しとど赤のまんまは沈みをり」奈王
「われ黙り人はなしかく赤のまゝ」立子
「犬蓼や重なり合うて鮒落つる」文草
「此辺の道はよく知り赤のまゝ」虚子
広辞苑から。
あか‐の‐まんま【赤の飯】
@赤飯(セキハン)。
A(花・つぼみの形が赤飯に似ているから) イヌ
タデの別称。あかまんま。季・秋
いぬ‐たで【犬蓼】
タデ科の一年草。山野に普通で、高さ約三○センチ
メートル。葉の基部に鞘状の托葉があって茎を囲む。
夏から秋、葉腋及び頂端に紫紅色の小花が穂状を
なす。アカマンマ。アカノマンマ。「犬蓼の花」
は季・秋。
そこで一句。
「口ずさむ小さい秋にあかまんま」よっち

蓼の花(たでのはな)

一口にたでといつても種類が非常に多く、はるたで・
さなへたでなどは初夏から花をつけてゐるが、やなぎ
たでから始まつて、いはたで・はたたで・さくらたで・
ほそばたで・おほけたで・にほいたで・いぬたで・お
ほいぬたで・ぼんとくたで等、悉く秋日開花である。
葉の中から花軸がのびて、小さい花を穂状につづる。
色も形も様々であるが、櫻蓼はその中で最も美しい。
水辺径傍に見かけることはそれぞれすて難いものであ
る。葉も紅葉して美しい。穂蓼。花の実になりたるも
の。蓼の穂。
「三径の十歩に尽きて蓼の花」蕪村
「蓼の穂を眞壷に蔵す法師かな」同
「甲斐が根や穂蓼の上を鹽車」同
「蓼の花嵐の後を盛りかな」蓼太
「米磨げば水賑はしや蓼の花」躑躅
「二穂三穂蓼の花添へ鯊の魚籠」三山
<諾威にて>
「食堂に活けてありたる蓼の花」
「拾ひ残す穂蓼の上の落穂かな」虚子
広辞苑から。
たで【蓼】
イヌタデ・ハナタデ・ヤナギタデなど「たで」の名を
もつ植物の通称。万一一「わが宿の穂―古幹(フルカラ)つ
み生(オオ)し」
そこで一句。
「蓼の花こんな花火があつたよな」よっち

カンナ
花炬火の如し、と年浪草にある。初秋、赤色の花は
大きな葉の上に描き出でて実に美しい。観賞用とし
て植ゑる。葉の高さも六尺くらゐになる。
「散りし花のせてカンナの広葉かな」千仭
広辞苑から。
カンナ【Canna ラテン】
カンナ属の春植球根類。茎は緑色平滑で約二メートル。葉
は大形の楕円形で先端がとがり、やや芭蕉の葉に似る。
夏秋、葉間から一本の花茎を出し、花弁様の大形の雄
蕊を持つ花を総状につける。中南米産の原種から欧州
各国で改良され、品種は非常に多い。また、広くはカ
ンナ科カンナ属植物(その学名)で、中南米・インドな
どに分布、ダンドクなどを含む。ハナカンナ。オラン
ダダンドク。季・秋
そこで一句。
「今朝の雨油注ぐよな赤カンナ」よっち

芭蕉(ばせう)
長大なあをい葉に特色がある。一丈くりゐにもなる
見事な葉が、秋も遅くなるともろくさける。大きい
くせに何処となく弱々しく、幽寂な植物である。寺
院にもよく植ゑられる。これはバナナのなる「みば
せう」とは違う。みばせうは熱帯産である。芭蕉葉。
芭蕉林。
「芭蕉野分して盥(たらい)に雨を聞く夜かな」芭蕉
「此寺は庭一ぱいの芭蕉かな」芭蕉
「露はれて露の流るゝ芭蕉かな」白雄
「隣からともしのうつるばせをかな」子規
「芭蕉葉の打重なれる広さかな」晨生
「病室を替へて芭蕉の広葉かな」理吉
「窗際に芭蕉や月を妨げず」其月
「かはほりのばたりと当たる芭蕉かな」青畝
「郷に来て再び芭蕉林にあり」水竹居
「芭蕉の葉象のごとくにゆらぎけり」蚊杖
「月光に一枚白き芭蕉かな」木国
「稲光真昼の如き芭蕉かな」花蓑
「藁寺に緑一団の芭蕉かな」虚子
広辞苑から。
ば‐しょう【芭蕉】‥セウ
(古く「はせを」とも表記)
バショウ科の大形多年草。中国原産。高さ五メートル内
外に達し、葉鞘は互いに相擁して直立。葉は長さ二
メートル近くの長楕円形で、長柄を持ち、支脈に沿って
裂け易い。夏秋に長大な花穂を出し、帯黄色の単性
花を段階状に輪生。茎・葉を煎じて利尿・水腫・脚
気などに服用。根も薬用とする。季・秋
そこで一句。
<田中一村の画を見て>
「一村の奄美の景色芭蕉かな」よっち








稲の花(いねのはな)

二百十日前後は丁度稲の花盛りである。それで農家
では色々と予測をして、早稲を多く作るとか、晩稲
を多くするとかして、花期が台風期をのがれるやう
に苦心するやうである。高く穂をぬくので、はじめ
は広い田の前に、一つ二つとその走り穂を数えるこ
とが出来る。
「湖の水の低さよ稲の花」士朗
「湯治廿日山を出づれば稲の花」子規
「稲の花朝日涼しくなりにけり」月斗
「時化あとや又一盛り稲の花」双堂
「軽き荷を酔うてかつぐや稲の花」虚子
さて稲を広辞苑から。
いね【稲】
イネ科の一年生作物。栽培種は二種。サチバ種は東南ア
ジア起源、現在、世界各地の熱帯・温帯で栽培。グラベ
リマ種はアフリカ起源、現在はアフリカの一部でわずか
に栽培。
サチバ種には、籾(モミ)の丸くて短い日本型、細長いイン
ド型、大粒のジャワ型の三亜種がある。日本への伝来経
路は諸説あるが、縄文末期までに将来されたらしい。草
丈は、改良種では一メートルを超えない。茎の内部は中空で
数個の節がある。葉は長線形で、葉身と葉鞘とから成り
互生。夏から秋にかけて出穂する。秋に熟する果実を米
といい、食用。
日本の農業上、最も重要な作物で、水田に栽培する水稲
(スイトウ)と、畑地に栽培する陸稲(リクトウ)とがある。成熟の
遅速によって早稲(ワセ)・中稲(ナカテ)・晩稲(オクテ)に分け、
澱粉の性質によって粳(ウルチ)・糯(モチ)の二群とする。しね。
季・秋。万一四「―舂(ツ)けば皹(カカ)る吾が手を」
そこで一句。
「犬連れて二人で歩くや稲の花」よっち

不知火(しらぬひ)
不知火は九州有明潟と八代海の沖合に、陰暦七月晦
日の深夜、大小の灯火のやうに現れ、海上一面にひ
りろがるといふ。古来八代海を不知火海と呼ばれ、
万葉其他にも歌はれてゐる。これはむかし景行帝の
八月朔日の暁に現れて筑紫の枕詞とまでなつた故事
に出たものであるが、今では貝を捕る漁火であると
の説が有力になつた。せめて俳句の上でもこの詩題
をとゞめておきたい。尚陰暦師走の大晦日にも出る
といひ、大牟田あたりでは寧ろ此夜に見に出る人が
多いが、歴史的に七月朔日とされてゐるから秋の季
題とする。
「不知火や夜寒ののぼる草の先」恕風
「不知火や語り漕ぎして老船頭」静村
「不知火を漕ぎかくしゆく船もあり」はる吉
「不知火に一軒寝ねで宿屋かな」帰巌
「不知火の見えぬ芒にうづくまり」久女
広辞苑から。
しらぬい【不知火・白縫】‥ヌヒ
@〓名〓(景行天皇が海路火の国(肥前・肥後)に熊襲クマソ
を征伐した時、暗夜に多くの火が海上に現れ、無事に船
を岸につけたが、何人(ナンピト)の火とも知られなかった
という) 九州の八代(ヤツシロ)海に、旧暦七月末頃の夜に見
える無数の火影。沖に浮ぶイカ釣船の漁火が水面付近に
ただよう冷気によって屈折し、さまざまな形に変化して
みえる現象。季・秋
A〓枕〓「つくし(筑紫)」にかかる。上代特殊仮名遣の
うえから、「ひ」を「火」と解することはできない。
「領(シ)らぬ霊(ヒ)憑(ツ)く」意からとも、また「知らぬ日
(多くの日数)を尽して行く地」の意から筑紫にかかると
もいう。
そこで一句。
「不知火を神の加護とて意気高に」よっち