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三省堂 「新歳時記」 虚子編から
季語の資料として引用しています。

十一月の季語
冬(ふゆ)
立冬(11月7・8日頃)から立春(2月4・5日頃)の
前日までをいふ。日低く寒冷で満目蕭條たるの季節である。
三冬(さんとう)は初冬・仲冬・季冬のこと、九冬は冬
九十日間の称である。
冬の宿・冬の庭・冬の町・冬沼・冬の濱等。
「のら猫の糞して居るや冬の庭」 子規

文化の日(ぶんくわのひ)
明治節なりし十一月三日を新らしく文化の日と定む。
広辞苑から
ぶんか‐の‐ひ【文化の日】‥クワ‥
国民の祝日の一。一一月三日。旧制、明治節。
めいじ‐せつ【明治節】‥ヂ‥
旧制の四大節の一。十一月三日。明治天皇の誕生日で、
一九二七年(昭和二)制定、四八年廃止。今、この日は
国民の祝日の「文化の日」で意義を異にする。
そこで一句。
「天気良く文化の日出かけをり」よっち

立冬(りつとう)
大概十一月七・八日頃に当る。今朝の冬は立冬の日
の朝のことで、朝から冷気の中に焚火の煙が立ち昇
るなどにも冬立つ朝の感じはあらう。冬立つ。冬に
入る。冬来る。
「立冬や柚子熟れてゐる百姓屋」楽天
「菊刈りてそのよさを押す今朝の冬」虚吼
「売卜先生辻に風邪ひいて冬来る」虚子
広辞苑から。
りっ‐とう【立冬】
二十四節気の一。太陽の黄経が二二五度の時。冬の
始め、太陽暦の十一月八日頃。季・冬
そこで一句。
「水仙の芽が立ちました今朝の冬」よっち

十一月(じふいちがつ)
師走を圧に控へた初冬第一の月である。まだ心慌 しさも覚えず、
体も心も引きしまった、行楽にも よい月である。
「あたたかき十一月もすみにけり」 草田男

神無月(かんなづき)
旧暦十月、諸国の神々が悉く出雲の国に旅せられるため、
神々が留守であるといふのでこの月を神無月といふ。出
雲国だけは神有月といつている。
「御留守居に申し置く也神無月」其角
「禅寺の松の落葉や神無月」凡兆
「拍手もかれ行く森や神無月」也有
「詣で来て神有月の大社かな」雨圃子
「荒れてゐる神有月の佐太の濱」藻生
「宮柱太しく立ちて神無月」虚子
広辞苑から。
かんな‐づき【神無月】
(カミナヅキの音便) →かみなづき。季・冬。雄略紀(前
田本)院政期点「孟冬作陰カムナヅキノスズシキツキ」
かみな‐づき【神無月】
(神の月の意か。また、八百万ヤオヨロズの神々が、この月に
出雲大社に集まり他の国にいない故と考えられて来た。ま
た、雷のない月の意とも、新穀により酒をかもす醸成月カミ
ナシヅキの意ともいわれる) 旧暦一○月の異称。かみなしづき。
かんなづき。神去(カミサリ)月。

神の旅(かみのたび)
旧暦十月一日、神々は男女の縁結びのため出雲へ旅
立たれると伝えられている。落葉を踏み、時雨に濡 れ、
虎落笛に送られ給ふといったやうな神々の姿が、 まこ
とにをかしく想像される。
「旅だちの迫れる神に祈りけり」 寸陽

神送(かみおくり)
神々が出雲へ旅立ち給うのを送ることである。
「荒るゝものと知ればたうとし神送」鬼貫
「布子着て淋しき顔や神送」去来
「吹上る空に木葉や神送」露川
「一筋に神をたのみて送りけり」虚子
「神送」を広辞苑から。
かみ‐おくり【神送り】
@旧暦九月晦日から一○月一日にかけての夜、
諸国の神々が出雲大社へ旅立つのを送る神事。
また当日の社参。季・冬。〓神迎え。
Aわざわいの神を追い払うこと。また、そのた
めのまじない。「風の神送り」など。
○神送りの空
神送りの時の空模様。神々を送るために出雲の
方角に風が起るという。「神送りの風」とも。
そこで一句。
「いなければ淋しきものよ神送」よっち

神の留守(かみのるす)
神無月頃になると、どこの神社も落葉などして神
域の風光が頗に荒み衰へ、神の留守といつた寂寥
の感じが深い。
「留守のまにあれたる神の落葉かな」芭蕉
「いみじくもかゞやく柚子や神の留守」青畝
「落絵馬にあそぶ雀や神の留守」三猿郎
「神の留守巫女もなすなる里帰り」水竹居
「しぐれつゝ留守守る神の銀杏かな」虚子
広辞苑から。
かみ‐の‐るす【神の留守】
旧暦一○月(神無月)に神々が出雲大社に集まるとい
う俗信で、鎮座の地にいないことをいう。季・冬
そこで一句。
「風が吹く境内暗く神の留守」よっち

初時雨(はつしぐれ)
その冬初めて降る時雨である。初時雨といふと何と
なくなつかしいやうな気持がする。
「旅人と我名よばれん初霽(しぐれ)」芭蕉
「鳶の羽もかいつくろひぬ初しぐれ」去来
「賑やかに菊は咲けり初しぐれ」浪化
「縁に抱く小さき手爐や初時雨」泊月
「初時雨これより心定まりぬ」虚子
広辞苑から。
はつ‐しぐれ【初時雨】
その年に初めて降るしぐれ。季・冬。蜻蛉上「別
れ行く人を惜しむと―」
しぐれ【時雨】
(「過ぐる」から出た語で、通り雨の意)
@秋の末から冬の初め頃に、降ったりやんだりする雨。
季・冬。万八「時待ちてふりし―の雨止みぬ」
A比喩的に、涙を流すこと。「袖の―」
B一しきり続くもののたとえ。「蝉―」
C小督局(コゴウノツボネ)の用いた琴の名。
D本阿弥光悦作の名物茶碗の名。
E時雨羹(シグレカン)の略。
F時雨饅頭(シグレマンジユウ)の略

冬めく(ふゆめく)
秋のつもりでいる内に、自然は何時の間にか冬の動きを
始めている。例えば村の一つの橋でも隅に霜がおいたり
して、山に入る柚、舟を出す浜辺の点景にも冬めく姿は
見られるであらう。未だ冬景色が調ったといふのではな
いが、どことなく冬らしくなって来たのをいふのである。
「口に袖あててゆく人冬めくる」 虚子

爐開(ろびらき)
初冬、夏の風爐を徹し、閉されてゐた切爐を開く。
昔から陰暦十月第一亥の日に爐開をする風習があつ
た。茶式以外の爐開は東北地方は十月末頃、九州辺
では十二月冬至頃である。
「爐開や左官老行鬢の霜」芭蕉
「爐開きや汝をよぶは金の事」其角
「逗留の僧の一偈や爐を開く」末灰
「櫨開や蜘蛛動かざる灰の上」虚子
広辞苑から。
ろ‐びらき【炉開き】
冬になって炉を使いはじめること。茶家では、陰暦
一○月朔日または一○月の中の亥の日に、風炉(フロ)
を閉じて地炉(ジロ)を開くこと。現在は一一月に行う。
また、その茶事。季・冬。⇔炉塞(ロフサ)ぎ

口切(くちきり)
爐開の日、壷の封を切つて始めて新茶を用ゐる。こ
の日、茶席の一切を更める、畳・障子を更へ、桶・
垣の竹などを新しくする。爐の季節に入る最も厳粛
な茶事である。
「口切や小城下ながら只ならね」蕪村
「口切や梢ゆかしき塀隣」蕪村
「口切や寺へ呼れて竹の奥」召波
「口きりや此寒空のかきつばた」几董
口切を広辞苑から。
くち‐きり【口切り】
@密封した容器の口を開くこと。
A陰暦一○月の初め頃に、新茶の茶壺の口を切ること。
また、その新茶でする茶会。口切りの茶事。季・冬
B物事の始め。「話の―」
C(取引用語) 売買が成立したとき。
そこで一句。
「口切や灰の筋目も新しく」よっち

十夜(「じふや)
十夜念仏法要を略して十夜といふのである。浄土宗
の寺院では古くは旧暦十月五日から十四日まで十日
間、十夜の法要を修した。今では鎌倉の光明寺の如
く陽暦になほして行っているところもあるが、十夜
に最も縁故深い京都の眞如堂は一月おくれの十一月
五日から十夜の間行ひ、田舎では今なほ陰暦で行つ
ている。夜半信徒のために寺から粥が出る。十夜粥
とも「ごこくの粥(かゆ)」ともいふ。
「わすれ得ぬ空も十夜の泪かな」去来
「下京の果のはてまで十夜かな」許六
「人去て暁くらき十夜かな」太祗
「人声の小寺にあまる十夜かな」召波
「藪寺や十夜のにはの菊紅葉」几菫
「布子着てうれし貌なる十夜かな」同
「眞如堂に知る僧のある十夜かな」虚子
広辞苑から。
じゅう‐や【十夜】ジフ‥
〔仏〕浄土宗の法要。陰暦一○月六〜一五日の一○昼
夜のあいだ修する念仏の法要。永享(1429〜1441)年中、
平貞国が京都の真如堂に参籠して夢想を蒙ったのに始
まるという。おじゅうや。十夜念仏。十夜法要。十夜
念仏法要。季・冬

酉の市(とりのいち)

浅草の鷲(おほとり)神社が最も賑ふ。祭日は十一月中の酉の日
である。当日は熊手・唐芋等の縁起物を商ふ店が路地といはず参
道といはず、ぎっしりと並び雑閙を極める。
一の酉。二の酉。三の酉。
「若夫婦出してやりけり酉の市」 虚子

茶の花(ちやのはな)

初冬の頃白い花を開く。吐くやうな黄ろい藁に日が
さして茶の花日和とでもいひ度い日が来る。葉陰・
葉表に円い蕾が可愛いゝ。
「茶の花のわづかに黄なる夕かな」蕪村
「茶の花に隠れんぼする雀かな」一茶
「近より茶の花白き日和かな」野風呂
「茶の花に暖き日のしまひかな」虚子
広辞苑から。
ちゃ‐の‐はな【茶の花】
冬、茶の木に咲く白い花。季・冬。
そこで一句。
「茶の花や目立たぬように目立ちをり」よっち

山茶花(さざんくわ)

茶梅とも書く。椿に似て、椿より淋しい感じの花で
ある。晩秋から冬にかけて咲く。白色或いは淡紅で
蘂は真黄である。普通、庭や垣根などに育ててある
が、四国・九州などには野生が多い。
「山茶花に囮鳴日の夕かな」言水
「山茶花や小雨に庭の薄明り」梅壽
「山茶花やまろく刈られて花ざかり」梓月
「山茶花の葉にさゝやいて落ちしかな」月舟
「霜を掃き山茶花を掃くばかりかな」虚子
広辞苑から。
さざん‐か【山茶花】‥クワ
(字音サンサクヮの転) ツバキ科の常緑小高木。四国・
九州の暖地に自生。高さ約三メートル。葉は厚い。秋から
冬にかけて白花を開く。八重咲・一重咲、淡紅・濃紅
など園芸品種が多く、庭園・生垣などに植栽。種子は
大きく、油を採る。材は細工物にする。ヒメツバキ。
漢名、茶梅。季・冬

八手の花(やつでのはな)

十一月にはいると八ツ手の花が錠び初める。始め緑
色の蕾で段々真白な、たんぽぽの毬のやうな形にな
る。青々と、どことなく逞しかった八ツ手は、白い
煙のやうな花が咲くと急に優しくなる。公園などで
は元木を保護するために、折角咲いた花をすぐ摘み
取ってしまふ。
「葉の面に凍れる雪や花八手」 秋櫻子

石蕗の花(つわのはな)

その形容款冬(ふき)に似ている。初冬、菊に似た黄ろい
花を上げる。海辺、山辺、畦などに自生する。暑く光沢の
ある葉を持っていて、見るからに寒々とした感じがある。
長崎県には野生の石蕗が特に多い。
その形容款冬(ふき)に似ている。初冬、菊に似た黄ろい
花を上げる。海辺、山辺、畦などに自生する。厚く光沢の
ある葉を持っていて、見るからに寒々とした感じがある。
長崎県には野生の石蕗が殊に多い。
「厠のみ瓦屋根なる石蕗の宿」雪之家
「落つ雨にすぐ掃きやめぬ石蕗の庭」汀女
「石蕗の花二三片づつ缺けにけり」漾人
「石蕗さくや那智観音は戸を閉し」柿庵
「時雨きて石なまめきぬ石蕗の花」白貧
「花石蕗や尼に仕へて町娘」砧女
「静かなる月日の庭や石蕗の花」虚子
広辞苑から。
つわ‐ぶき【石蕗】ツハ‥
キク科の常緑多年草。フキとは別属。暖地の海辺に自生、観
賞用に栽培。葉は長柄があり、フキに似、厚くて光沢がある。
初冬に六○センチメートルくらいの花茎を出し、黄色の頭花を房状
に配列。若い葉柄は食用。葉は腫物・湿疹などの薬用。ツヤ
ブキ。山蕗。季・冬。〈書言字考〉

芭蕉忌(ばせをき)
陰暦十月十二日、俳句の祖、松尾芭蕉の忌をいふ。
はらはらと降りかかる時雨を仰げばはたと芭蕉の心
に逢著する懐ひがある。時雨のもつ閑寂・幽玄・枯淡
の趣はそのまま移せば芭蕉の心の姿である。恰も時雨月
のことで、芭蕉の忌を時雨忌(しぐれき)ともいふ。
元禄七年で逝く。行年五十一。近江義仲寺の葬った。
翁忌(おきなき)。桃青忌(たいせいき)。
「芭蕉忌やうずくまりたる像の下」 虚子

七五三(しちごさん)

七五三(しちごさん)
十一月十五日、男子は三歳・五歳、女子は三歳・七歳
にあたるものが祝う。当日は美々しく飾り着せられ、
氏神に詣で、又親戚を回礼する。女の子は振袖を、男
の子は袴を穿いたものである。
「七五三妻も大人となりにけり」筍吉
「芸者家を出て来る人数七五三」虚子
広辞苑から。
しち‐ご‐さん【七五三】
@祝儀に用いる数。一・三・五・七・九の奇数をめで
たいとして、その中の三つを取ったもの。
A七・五・三の数に基づいて献酬をなし、本膳七菜、
二の膳五菜、三の膳三菜を供えた、盛大な宴。折たく
柴中「朝夕の膳―、昼の膳は五五三を供ず」
B男子は三歳と五歳、女子は三歳と七歳とに当る年の
一一月一五日に氏神に参詣する行事。七五三(シメ)の祝
い。季・冬
Cしめなわ。

麦蒔(むぎまき)
十一月・十二月が麦蒔の盛りでぽかぽか暖かい日も
あるが、概して寒い頃である。耕された田や畑に袋
の麦種を桝に小出しをして、一人が畝を立つれば一
人があとから蒔いてゆくのである。
十一月・十二月が麦蒔の盛りでぽかぽか暖かい日も
あるが、概して寒い頃である。耕された田や畑に袋
の麦種を桝に小出しをして、一人が畝を立つれば一
人があとから蒔いてゆくのである。
「麦蒔や妹が湯を待頬かぶり」鬼貫
「麦蒔の影法師長き夕日かな」蕪村
「畑中や種麦おろす麻ぶくろ」白雄
「昼の月麦まく人のながめかな」吟江
「麦蒔くや十字架下げし島女」夏山
「麦蒔の昼飯おそくなりにけり」俳小星
「村の名も法隆寺なり麦を蒔く」虚子
広辞苑から。
むぎ‐まき【麦播き】
@麦の種をまくこと。
A〔動〕スズメ目ヒタキ科ヒタキ亜科の鳥。小形で、
雄は黒と赤褐色と白とから成り美しい。雌の背面は
オリーブ色。東部シベリアなどで繁殖し、中国・日
本などを通過して南方で越冬。コツバメ。
そこで一句。
「麦蒔の腰を伸ばして休むなり」よっち

大根(だいこん)
古名おほねといつたので大根のじを用いる。春七草
では「すずしろ」といふ。普通根は真白であるが紅
大根といふ紅色もある。又桜島大根といふのは丸味
があつて非常に大きい。冬の畑に青々と元気よく生
えている。
「大根を鷲づかみにし五六本」虚子 
広辞苑から。
だい‐こん【大根】
(「大根(オオネ)」の音読から)
@アブラナ科の一年生または二年生根菜。原産地は諸
説あり、未確定。古く中国大陸を経てわが国に伝わっ
た。世界各地で、多くの品種が分化。晩春、白または
紫がかった白色の小十字花を開く。根部は肥大した桜
島、長大な守口などさまざまで葉とともに食用。「す
ずしろ」ともいい、春の七草の一。また、海岸に野生
化したものをハマダイコンという。おおね。季・冬。
「大根の花」は季・春。〈文明本節用集〉
A芸の下手な俳優をあざけっていう語。大根役者。
B紋所の名。ちがい大根・ふたまた大根・わり大根の類。 
大根引(だいこんひき)
調子が悪いので普通だいこ引(だいこひき)といふ。
十一月頃から始まる。大概馬や車を引張つて行つて、
天気の好い日に引く。あの長大な大根の葉を引けば
たやすく引き抜ける。残菊傾く練馬野などには日毎
の大根引が見られる。
「鞍壺に小坊主乗るや大根引」 芭蕉

大根洗ふ(だいこんあらふ)
古名おほねといつたので大根の字を用いる。春七草
では「すゝしろ」といふ。普通根は真白であるが紅
大根といふ紅色のもある。又桜島大根といふのは丸
味があつて非常に大きい。冬の畑に青々と元気よく
生えてゐる。
「ぬきん出て夕焼けてゐる大根かな」みづほ
「大根を鷲づかみにし五六本」虚子

大根干す(だいこんほす)
大根は沢庵漬にするために十日間くらゐ干す。関
東では茎を切り落し、縄で連に編み、丸太で架を
組んだものに掛けつらねて干したり、縁側や薪の
上等に並べて干す向もあるが、多くは葉を束ねて、
木の枝や竿などに掛けて干す。之を懸大根(かけ
だいこん)といふのである。干大根(ほしだいこ)
「投懸けて樹々に干しある大根かな」長
「大根編む妓にお座敷かゝりけり」蘆雪
「干大根手近の木ヘとはこぶなり」草火
「干大根汚れしまゝに細きけり」黄昏
「富士見ゆる日がつゞきけり干大根」蓼汀
「浜松に掛けし大根や落ちてあり」躑躅
「遠き家のまた掛け足しゝ大根かな」たかし
「呉服屋が来てをる縁や干大根」虚子
広辞苑から。
○大根干(ホ)す
沢庵(タクアン)漬などにするため、洗った大根を束に
して架木に懸けたり、庭さきに並べたりして干す。
季・冬
「干大根アフガンの風聞えるや」よっち

切干(きりぼし)
大根を薄く切つて干したものである。普通筵に広げ
て干すが、冬の日が弱く、干上げに幾日もかゝるの
で、畑中等に南向の干台を作り、其上の竹簀等に広
げて干す向も多い。煮たり三杯酢にしたりして食ふ。
「切干に束の間の日をたのみかな」とせを
「切干の皺つくりたる天気かな」花櫻
「切干や刻み交れる赤大根」あき女
「切干の煮ゆる香座右に針仕事」虚子
広辞苑から。
きり‐ぼし【切干し・切乾し】
大根・サツマイモなどを薄く切って日に乾かすこと。
また、そのもの。季・冬
きりぼし‐だいこん【切干し大根】
干し大根の一種。秋大根を十分に乾燥させ、繊切(セン
ギリ)などにしたもの。水に戻して煮物・酢の物など
として食す。
そこで一句。
「切干のおひさまからの匂いかな」よっち

茎漬(くきづけ)
蕪や大根の茎葉を塩又は麹漬としたものである。や
や酸味を生ずる。その漬ける桶を茎の桶といひ上に
置く重石を茎の石といふ。家庭でもつける。白菜・
京菜を漬けるのを当座漬、これを長く貯へるのを菜
漬といふ。
「君見よや我手いるゝぞ茎の桶」嵐雪
「傾ける茎菜の石を直しけり」静雲
「茎漬のこぼれし水をふみにけり」千古
「あかるみへ出して古さよ茎の桶」野風呂
「茎の水あすはこぼれんけしきかな」虚子
広辞苑から。
くき‐づけ【茎漬】
大根・蕪などを、葉・茎ともに塩漬にしたもの。冬に
仕込む。季・冬。
柳樽二二「―を食ひ小半日歯をいぢり」
そこで一句。
「茎漬けの匂いに鼻をつまむなり」よっち

鷲(わし)
高峰に棲息し禽獣を捕食する。性猛悍で、時には人間に
も危害を加える。鳥の王といはれる。我国にはさう多く は
棲まず人目にかかる事も希である。
「荒鷲の嘴にありたるぬけ毛かな」 虚子

鷹(たか)
鷹(たか)
鷹には大鷹・角鷹(つのたか)・隼・鷂(はいたか)等の
種類があり猛禽である。羽が強く爪鋭く飛ぶことが早く、
諸鳥を捕へて食ふ。鷹狩等に使はれる。鷹渡る。
「鷹一つ見つけてうれし伊良古崎」芭蕉
「青空や鷹の羽せゝる峯の松」鬼貫
「珍らしや鷹渡らぬか対馬船」其角
「鷹来るや蝦夷を去事一百里」一茶
「荒鷲の山を離れて家二軒」呂竹
「雙翼しかと収めて鷹はあり」虚子
広辞苑から。
たか【鷹】
@タカ目の鳥のうち、小・中形の一群の総称。大形のものは
ワシという。色彩は主に暗褐色を呈する。嘴(クチバシ)は強くて
鋭く曲り、脚には強い大きな鉤爪があって、小形の鳥獣など
を襲って食う。姿に威厳があり、古来尊重され、また鷹狩に
使った。なお、タカ目(旧称ワシタカ目)はタカ科・ハヤブサ
科・コンドル科などを含み、世界に約二八○種、日本に約二
五種が分布。古称、くち。ならしばどり。かしこどり。
季・冬。万一九「我が飼ふ真白斑(マシラフ)の―」
A能面の一。怪士(アヤカシ)の一種で、鷹のような目つきの、妖
気のある男面。

小春(こはる)
陰暦十月を小春といふ。ほゞ十一月に当たる。恰度そ
の頃は、荊楚歳時記にも「十月和暖如春」とあるやう
に最も気候の温和な時で、ぽつかりとした好い日和が
続く、小春日和といふ。作句の場合は小春或いは小春
日といつて小春日和を意味する場合が多い。小六月と
いふのも略々小春と同義。
「虻の影障子にとまる小春かな」也有
「のびのびし帰り詣や小六月」子規
「子春日や石を噛みゐる赤蜻蛉」鬼城
「稲掛けて故郷の径の小春かな」濱人
「きのふにもまされる小春の一日かな」路幸
「落ち葉焚いて小春の日和定まりぬ」 虚子
広辞苑から。
こ‐はる【小春】
(暖かで春に似ているからいう) 陰暦一○月の異称。
季・冬

冬日和(ふゆびより)
打晴れた冬の日和をいふ。冬はからりと晴れた日が
少く、晴れても、とかく風など強く、寒さも厳しい。
その中でふつと穏和な好日があると、拾いものでも
したやうにうれしい。裏日本では殊にこの感じが深
い。冬晴。
「天照や梅に椿に冬日和」鬼貫
「航海や砂浜見えて冬日和」黙石
「天気やゝおちたるかとも冬日和」虚子
広辞苑から。
ふゆ‐びより【冬日和】
@冬の天気。冬の空模様。浮、新永代蔵「定めがた
き―の船便宜、心もとなし」
A冬の天気のよい日。冬晴れ。季・冬
そこで一句。
「血を吸いて飛ぶ蚊を眺む冬日和」よっち

帰り花(かへりばな)
小春日和のあたたかさに、季節でないのに花を開く
のをいふのである。単に帰り花といへば櫻の花のこ
とで、他の花はその名を補ひなどしてその感じを出
すのである。櫻・梨・つつじ等の時じくの花は、た
とひ数は二・三輪であってもまことに懐しい。たん
ぽぽ・菫(すみれ)までも帰り咲くと、一寸春かと
も思い惑う。
帰り咲(かへりざき)・忘れ咲(わすれざき)
狂ひ咲(くるひざき)・狂ひ花(くるひばな) 狂ひ咲(くるひばな)
「日に消えて又現れぬ帰り花」 虚子

冬紅葉(ふゆもみぢ)

霜や時雨毎に色深みゆく冬の紅葉は又別の趣があ
る。紅葉も半散り失せて梢を露はしつつも濃い紅葉が
残っているのを残り紅葉といふ。
「自動車と駕と麓に冬紅葉」 虚子

紅葉散る(もみぢちる)
紅葉の盛りに、且つ散る紅葉は秋であるが、時雨
にあひ風にあつて、樹上の紅葉が本式に散るのは
冬である。「散りそむる」も冬。散紅葉。
「ちり初て紅葉に寒し東福寺」涼莵
「ちり紅葉かさりこそりと枝伝ふ」野風呂
「散紅葉色つらなりて流れけり」蕪人
「紅葉ちる常寂光寺よき日和」素十
「散紅葉こゝも掃きゐる二尊院」虚子
っそこで一句。
「散紅葉山の小道を覆いけり」よっち

落葉(おちば)
秋、木々は成熟し尽くして、その営みを休止すると、
今まで美しかった紅葉もやがて凋落の姿となって落
葉しはじめる。道を埋むる落葉、屋根に溜まる落葉、

に柵む落葉などだまざまであらう。落葉掻
(おちばかき)。落葉籠(いちばかご)。落葉焚
(おちばたき)。
「掃きおろす牛の背中の落葉かな」如行
「西吹けばひがしにたまる落葉かな」蕪村
「落葉して日なたに酔し小僧かな」一茶
「むさしのの空真青なる落葉かな」秋櫻子
「赤き独楽廻り澄みたる落葉かな」立子
「手拭をかぶりなほして落葉掻」 とみえ
「徐々と掃く落葉箒に従へる」虚子
広辞苑から。
おち‐ば【落葉】
@散り落ちた葉。特に、晩秋から冬にかけて散る落
葉樹の葉。季・冬。「―焚き」
Aおとしだね。落胤(ラクイン)。源常夏「朝臣や、さやう
の―をだにひろへ」
B落葉色の略。
落葉で一句。
「 赤黄茶に虫食い後の落葉かな」よっち

銀杏落葉(いちょうおちば)
落葉といへば、ものの凋落といつたことをすぐに
感じるが、銀杏大樹の日もすがらとめどなく落す
黄いろの葉つぱは明朗な好日を感じさせる。神苑
に落ち敷いた銀杏落葉は子供等を楽しませるが大
人さへも拾い度くなる。少し暴風めくと半緑色の
葉さへ交つて落葉する。
「蹴ちらしてまばゆき銀杏落葉かな」花蓑
「一面の銀杏落葉を踏み行けり」水府
「うす青き銀杏落葉も置きそめし」たかし
「母ある子母のない子に銀杏散る」いはほ
「梢より銀杏落葉のさそひ落つ」虚子
広辞苑から。
いちょう【鴨脚樹・銀杏・公孫樹】イチヤウ
(イテフの仮名を慣用するのは「一葉」にあてたか
らで、語源的には「鴨脚」の近世中国音ヤーチャオ
より転訛したもの。一説に、「銀杏」の唐音の転)
イチョウ科の落葉高木。中国原産とされるが自生地
は不明。高さ約三○メートルに達し、葉は扇形で葉柄を
具え、秋、黄変する。気根を下垂することもある。
雌雄異株。春、新葉と共に黄緑色の単性花を生じ、
雄花は穂状、雌花に二胚珠。秋、黄色の種子を結び、
内に白色硬質の核がある。これを「ぎんなん」とい
い、食用。材は緻密で美しく加工し易い。〈元和本
下学集〉
そこで一句。
「今朝も掃く銀杏落葉は後少し」よっち

柿落葉(かきおちば)
あかあかと夕日に照る柿の葉のがいつとはなしに落ち
始めると、良晴であつた火が少しづつ冷えて来る。
紅い葉の裏表に露が置き霜が置く。手に取ってみると
一葉の内に彩色の複雑なのに驚くのである。
「一葉づゝ柿の葉皆に成りにけり」一髪
「散りしきし柿の落葉や裏表」 雅一郎
広辞苑から。
かき‐おちば【柿落葉】
紅葉して落ちた柿の葉。季・冬
そこで一句。
「柿の実と残る梢と柿落葉」よっち

枯葉(かれは)
霜が降りはじめると、木々の葉、草々の葉も枯れは
じめる。地上に凋落した葉も枯葉には違ひないが、
主に樹上に枯れたまゝ残つてゐるのをいふのである。
「山帰来の枯葉吹かれぬ峠越す」紅々
「物いふが如き枯葉を顧みる」虚子
広辞苑から。
かれ‐は【枯れ葉】
枯れた草木の葉。季・冬
そこで一句。
「風吹きて枯葉ゆらゆらまだ落ちぬ」よっち

木の葉(このは)
木を離れてしまうと単に木の葉としての存在となる。
それと同時に散り残った乏しい木の葉も亦木の葉と
いふ感じが強くなる。木の葉の雨降るように散るの
を木の葉雨といふ。木の葉散る。
「水底の岩に落ちつく木の葉かな」丈草
「水鳥の行にしたがふ木葉かな」吟江
「かけがねのさても錆しよ散る木の葉」一茶
「子の背に淋しき木偶や木の葉散る」寰q
「二三子と木の葉散り飛ぶ坂を行く」虚子
広辞苑から。
こ‐の‐は【木の葉】
@樹木の葉。落葉を指すことがある。季・冬。
記中「畝火山―さやぎぬ風吹かむとす」
A(木の葉が風に吹き飛ばされるところから) 小さい
もの、軽いもの、取るに足りないものにいう。
こっぱ。「―武者」
そこで一句。
「ベランダの洗濯物に木の葉かな」

木の葉髪(このはがみ)
俗に「十月(陰暦)の木の葉髪」などといつて、
やうやく冬めく頃、木々の葉のおのづから落ちる
が如く人間の毛髪も亦常よりは多く脱ける。女は
梳る櫛の歯につく髪の毛が漸く多いのに驚くので
ある。
「木の葉髪すくや土産のお六櫛」雪渓
「梳あげて眉目あらはや木の葉髪」曉雨
「釧路より根室へ流れ木の葉髪」駄々子
「櫛の歯をこぼれてかなし木の葉髪」 虚子
広辞苑から。
このは‐がみ【木の葉髪】
冬近い頃の脱け毛を落葉にたとえていう語。季・冬
そこで一句。
「これもまた神の摂理や木の葉髪」よっち

凩(こがらし)
初冬頃吹く強風であつて、木の葉を吹き落し枯れ木にする
風である。木嵐の転化したものをいふ。木枯(こがらし)
「こがらしや頬腫れ痛む人の顔」芭蕉
「凩のはては有りけり海の音」言水
「木がらしの空見直すや鶴のこゑ」去来
「こがらしや野河の石をふみわたる」蕪村
「凩や海に夕日を吹き落す」漱石
「凩に浅間の煙吹き散るか」 虚子
広辞苑から。
こ‐がらし【木枯し・凩】
(木を吹き枯らす意)
@秋から初冬にかけて吹く、強く冷たい風。季・冬。
源帚木「―に吹きあはすめる笛の音を」
A(女房詞) すりこぎ。(一説、その音からの称かと)
そこで一句。
「木枯らしや空から降りて里ぬけて」よっち

時雨(しぐれ)
多く初冬、晴れたり降つたりする雨をいふ。晩秋や
春に降りもするが、これは特に「秋時雨」「春時雨」
として区別する。陰暦十月は時雨月といはれるやうに
一番時雨が多い。時雨は時雨移りといつて夕立のや
うに山から山と降り移つて行くことが少くない。京都の
北山の時雨な殊に趣が深い。朝時雨。夕時雨。小夜
時雨(さよしぐれ)。村時雨。片時雨。
「あれきけと時雨来る夜の鐘の声」其角
「黒みけり沖の時雨の行処」丈草
「馬はぬれ牛は夕日の村しぐれ」杜国
「しぐるゝや我も古人の夜に似たる」蕪村
「楠の根をしずかにぬらす時雨かな」同
「小夜時雨上野を虚子の来つゝあらん」子規
「大原女の連れ立ち行くや朝しぐれ」徳女
「時雨るゝや旅の気侭の時なしに」立子
「二三子や時雨るゝ心親しめり」虚子
そこで一句。
「時雨るや越後平野のホライズン」よっち

冬構(ふゆがまへ)
風雪・寒冷を防ぐ為に、北窓を塞いだり風除けを設
けたり、庭樹や田畑の作物を囲ったり、又雪国では
雪囲ひなどして冬の寒さに対して設備をするのをい
ふのである。
「高き木に梯子かけたり冬構」 虚子

風除(かぜよけ)
冬期、北西の寒風を防ぐ為に、窓の北側に作る垣堀
をいふ。藁や葦等で綺麗に作られたのもあり、横木
を一本高く渡して、それに藷蔓などを打掛けたやう
な簡単なものもある。
「祝言のあり風除に子供達」小刀子
「風除や蚕の小屋よりやゝ離れ」虚子
そこで一句。
「風除もきつちり出来て準備よし」よっち


新嘗祭(にひなめさい)
今年の初穂を神に奉り、天皇陛下も聞し召す御儀である。
昔は十一月中の卯の日、今日では十一月二十三に行は
せられる。民間の神社でも神事を行ふ。
しんじやうさい。
現在ではこの日を勤労感謝の日としている。

神農祭(しんのうさい)
神農氏は天下に耕を教え、医薬を創成した人である。
医家・薬種商では冬至の日之を祭つた。大阪市道修
町(どうしょうまち)は将軍吉宗からこゝに薬品市
場を開く事を許されてより発達し、今日では国内に
も又国外にも大取引が行はれてゐる。この町内にあ
る神農は我国医薬の祖少彦名命を祀つたものである
が古くから神農さんと呼ばれてゐる。十一月二十三
日が例祭の日であつて、笹に張子の虎を結びつけた
ものを授ける。昔虎骨で造つた丸薬を授けた名残で
あるといはれてゐる。子供達が「おつさん虎おくれ
んか」と唱へながら列をなして神前に群がる中に静
かに神楽が奏せられる。
「神農の虎のふれあふゆきゝかな」つとむ
「神農の祭の虎をもらひけり」一杉
広辞苑から。
しんのう【神農】
中国古伝説上の帝王。三皇の一。姓は姜(キヨウ)。人身
牛首、民に耕作を教えたから神農氏といい、五行の
火の徳を以て王となったために炎帝という。百草を
なめて医薬を作り、五弦の瑟を作り、八卦を重ねて
六十四爻(コウ)を作る。初め陳(河南省)に都し、のち
曲阜(山東省)に居る。在位一二○年、その子孫相伝
え八代五三○年にして黄帝の世となったと伝える。
しんのう‐まつり【神農祭】
漢方医が冬至の日に医薬の祖として神農氏を祀り祝
うこと。大坂道修(ドシヨウ)町では少彦名神社の祭りを
いう。季・冬

少彦名神社社殿
そこで一句。
「神農の祭の虎や占い師」よっち

報恩講(ほうおんかう)
浄土真宗の開祖、親鸞上人の正忌は陰暦十一月二十八日で
あって、この前後にわたり、各地では盛んに報恩仏事を営む
のであるが、京都大谷派本山即ち東本願寺に於いては十一月
二十二日から二十八日まで、本願寺派本山即ち西本願寺では
これを陽暦に推して一月十日から十六日まで、各七昼夜の間
行はれる。これを御正忌(ごしゅうき)・御七夜(おしちや)
・御講(おかう)などともいふ。しかし地方の末寺・信徒達 にとっては
御取越即ち報恩講であって、日取や法会に差異は こそあれ、宗祖の
教義に対する報恩の心持に変わりはない。
親鸞忌は俗間「お晩」とも呼んでいる。 お講凪(おかうなぎ)。
「東西の両本願寺御講凪」 虚子

網代(あじろ)
古来宇治川の網代が最も著名である。その他琵琶湖
などにも見られる。水中に小柴・小竹などを立てつ
らねて、魚を導き、その道の終りにドウなどをかけ
て、これに集まる魚を取るのである。素朴な、趣の
深いものである。網代木(あじろぎ)。網代守。
「網代木のそろはぬかげを月夜かな」白雄
「膝もとに月こそ出づれ網代守」牧童
「顔あげて酔うて居るなり網代守」蘇甫
「網代木にさゝ波見ゆる月夜かな」虚子
広辞苑から。
あ‐じろ【網代】
(網の代りの意)
@冬、川の瀬に竹や木を編んだものを網を引く形に
立て、その端に簀(ス)をあてて、魚を捕るのに用いる
もの。季・冬。源橋姫「十月になりて…―をこそ
このごろは御覧ぜめと」
A網漁業を行う漁場。天皇供御(クゴ)の魚類を捕る所
が多い。「公儀―」「引出―」
B竹・葦または檜(ヒノキ)などを薄く削ったものを斜め
または縦横に編んだもの。垣・屏風・天井などとし、
または笠・団扇(ウチワ)に造り、牛車(ギツシヤ)・輿(コシ)
の屋形・天井にはる。
C網代車の略
そこでで一句。
「網代木や行きは良い酔い帰り道」よっち

柴漬(ふしづけ)
水中に柴を沈めて置くと、魚類が寒さを避けるために
集つて来てひそむ。これを簀などで囲つて中の柴をと
り去り、舟からタモで魚をすくひ上げて捕へるのであ
る。
「ふし漬のしづむを覗く小船かな」乙二
「柴漬や簀建の中の波こまか」素十
「柴漬をおもむろに去る海老のあり」あふひ
「柴漬に見るもかなしき小魚かな」虚子
そこで一句。
「柴漬や小魚たちも寒がりて」よっち

神迎(かみむかへ)
陰暦十月晦日、神々が出雲から還り給うのをお迎へ
する事である。福岡県志賀海神社では同日夜半から
神待祭がある。神還(かみかへり)。
「一月の落葉も掃て神迎」蝶夢
「野々宮や四五人よりて神迎」泊月
広辞苑から。
かみ‐むかえ【神迎え】‥ムカヘ
@神霊を迎えること。
A旧暦一○月晦日に、出雲大社に集まった神々が帰
るのを迎える神事。季・冬。⇔神送り
そこで一句。
「居なければどこか寂しく神迎」