よっちのホームページ yocchi'sHomePage
NewsHome->俳句->歳時記(十二月)
作り方今月俳句│歳時記 @ A B C D E F G H I J K│過去log@ A B C D

三省堂 「新歳時記」 虚子編から
季語の資料として引用しています。

十二月の季語
霜月(しもつき)
陰暦11月の異称である。
「霜月や日ごとにうとき菊畑」 虚子

短日(たんじつ)
冬に日の短いのをいふ。秋でも日は大分短くなるが、
何といっても冬至が一番その気持ちが強い。人の行動
も日短きにつれて慌しい。人間が正直に短日に追い回
されるのなども面白い現象である。
日短(ひみじか)。暮早し。
「物差で背なかくことも日短か」 虚子

冬の日(ふゆのひ)
冬のひと日のことである。いよいよ日脚が短くなり、
終日薄暗い感じのする日があったり、雪に閉ぢられ
た一日が来たりする。冬の日は冬の太陽をいふ場合
もある。日当たりが特に悪くなり、その光は鈍く
弱々しい。淡いだけにもの懐しく親しい感じもする。
冬日(ふゆひ)。冬日向(ふゆひなた)。
「冬の日やとけては氷る忘れ水」一鼠
「かくれ家や村一番の冬日向」一茶
「冬日縁かくも汚れてあたゝかき」濱人
「大仏の冬日は山に移りけり」立子
「冬の日のうちかゞやきて眉にあり」虚子
広辞苑から。
ふゆ‐の‐ひ【冬の日】
昼の短い、冬の一日。季・冬

冬の雲(ふゆのくも)
冬の雲はかたく陰惨の感が深い。凍雲(いてぐも)。
「旅空や凍雲もるゝ日一筋」王城
「時化あとの浪疲れゐて冬の雲」方舟
「冬雲は薄くもならず濃くもならず」虚子
そこで一句。
<平成13年12月1日14時43分新宮様誕生>
「冬の雲めでたい風にどこか飛び」よっち

顔見世(かほみせ)
昔は十月に役者を交迭し、十一月興行はその一座の
顔ぶれを始めて紹介するので之を大いに重んじた。
現今では、顔見世といへば京都南座の十二月興行の
みに限られているやうだ。お約束の竹矢来・庵看板
が立ち、幟が寒風にはためくと、京童は一年の間待
ちに待ったこの芝居のために全てを忘れて了ふ。
慌 しい師走の中にも京の町は色めき渡るのである。
歌舞伎顔見世。
「顔見世を見るため稼ぎ溜めしとか」 虚子

梟(ふくろふ)

夜が更けてほーっほーっと啼く梟をきけば、冬の夜はま
すます物凄いやうな静寂さを感ずる。小鳥・鼠・蜥蜴な
どを捕へて食ふと聞けば更に凄惨さを加へる。木兎など
と共に夜の鳥である。
「梟に戸締しかとねまりけり」韋城
「梟の子毬の如く置かれけり」まさを
「だしぬけの梟にはや急ぎ足」多景王
「山の宿梟啼いてめし遅し」虚子
広辞苑から。
ふくろう【梟】フクロフ
@フクロウ目フクロウ科の鳥。大きさはカラスぐらい。
顔は灰白色、額は褐色。背面・下面共に灰白色の地に褐
色の縦斑があり、下面の方が著しく白っぽい。森の繁み
や木の洞にすみ、夜出てノネズミなどを捕えて食う。フ
クロウ目は世界に約一四○種、日本には一○種が分布。
そのうち、特にミミズクとの対比で耳羽のないものをフ
クロウと総称するが、分類学上の区別ではない。母喰鳥。
季・冬。〈本草和名〉
A狂言の一。「梟山伏(フクロヤマブシ)」に同じ
いつか通勤途中に木の下が白い糞で汚れているのに気づ
きました。その木の上を覗くとフクロウが悠然として居
るではありませんか。そこで一句。
「梟の今日も木の上居りしかな」よっち

冬田(ふゆた)
稲を刈り取った後をそのままにしてある田をいふ。
畦ばかり明かな冬田に羽毛を吹かれながら遊んで
いる鶏などをよく見かける。又稲架の蔵ひ残りや、
藁塚等が僅に単調を破っている。
「はりついて青き草ある冬田かな」 柿秋

水鳥(みづとり)
水鳥は概ね秋渡つて来て春帰り去る。その間、海に
湖に川に浮かんで冬を過す。鴨・鳰・鴛鴦・都鳥な
ど夫々に異つた趣をもつてゐるのであるが、水鳥と
いへば、之を総じて打ち眺めた言葉である。寒水に
水尾を引いたり、波紋を造つたりして静に遊んでゐ
るのは風情に富む。
「水鳥や舟に菜を洗う女有」蕪村
「水鳥を吹あつめたり山おろし」同
「水鳥のかしら並べし朝日かな」布舟
「ペリカンの人のやうなる喧嘩かな」立子
「ゆるやかに水鳥すゝむ岸の松」虚子
広辞苑から。
みず‐とり【水鳥】ミヅ‥
水辺に生息する鳥の称。季・冬。
万一九「―のすだく水沼(ミヌマ)を」
そこで一句。
「水鳥のもや立ち登る薄暮かな」よっち

鴨(かも)
鴨は雁にに遅れて寒地から渡って来て、湖沼や河川に群集
生活を営み、又雁に遅れて帰って行く候鳥である。山中の
池・沼から田や畑に、食を求めに来るのは多く薄暮から
夜に掛けてである。その通う道はほぼ一定しているので、
張網・高縄などの方法で此を捕る。小舟に乗って飛び立つ
鴨を追ひ撃つ面白さ、峯を越す時に網にかかる鴨を待つ 愉しさ、
雪峯をめぐらした湖沼に群飛遊泳する鴨の大景、
いづれも深い冬の趣をなすものである。
「鴨の中の一つの鴨を見ていたり」 虚子

鴛鴦(をしどり)

温暖の候は深山に棲み、樹の洞などに巣を作って蕃殖し、
寒くなると池沼に下りて越冬する。華麗な水禽で、禁猟
の池沼・林泉などには冬になるといづこともなく現れ浮
かぶ。雌雄常に離れず、泳ぐにも相並んで距てず、眠る
にも翼を交し頸を交へる。其一が捕らえられると他の一
つは思慕の余り憔悴して死ぬといはれている。をしのつ
るぎばを思羽(をもひば)といって、昔娘を輿入れさせ
る時に鏡の裏に秘めて、この鳥の睦じさにあやからせよ
うとしたといふ。
をし。
「里過て古江に鴛(をし)を見付たり」 蕪村

初雪(はつゆき)
東京の初雪は大概十二月下旬頃であるが、北国や山岳
地方はずっと早く、南国では稍々遅れる。
「初雪にあうて大原の紅葉狩」 柳青

初氷(はつごほり)
初氷も初雪と前後する。人は初氷を見て寒い筈だと
つぶやく。
「手へしたむ髪のあぶらや初氷」太祇
「山茶花の花びらのせて初氷」三豆
そこで一句。
「初氷指先そつと押してみる」よっち


寒さ(さむさ)
冬は寒い。又寒いと一口にいつても、肉体に感ずる
寒さもあり、感情に映ずる寒さもある。寒さの程度
も小寒・酷寒全てにわたって使はれるが、特に厳寒
などと感ずる場合は自ら其部類に属することとなる
のである。間違い易いのは「寒き朝」、「寒き夜」 は
冬で、「寒朝」、「夜寒」は秋であることである。
それは意味或は文字の感じ等から各々の場合に使い
別けたのである。
「袖のいろよごれて寒しこい鼠」 芭蕉
「忘れ置佛のめしの寒かな」 蕪村
「ずんずんとぼんの凹から寒かな」 一茶
「足早き提灯を追ふ寒かな」 虚子

冷たし(つめたし)
寒しといふよりもやゝ感情的な言葉である。底冷え
は底力を持つて真から冷える寒さをいふのである。
寒さが大地の底に浸透し、更にその大地を踏むわれ
われの総身に沁みわたるやうな感じでもある。
「つめたさに箒捨けり松の下」太祇
「そこ冷の玄関に客送りけり」より江
「日の落ちて頬に冷き手をあてぬ」あふひ
「ほゝつゝむ手の冷たさにうずくまる」晴子
「なつかしき京の底冷え覚えつゝ」虚子
広辞苑から。
つめた・い【冷たい】
{形}つめた・し(ク)
@ひややかに感じる。ひややかである。つべたい。季・冬。
落窪一「単衣もなくていと―・ければ、単衣を脱ぎすべして
起き出でたまふ」。「―・い飲み物」
A人情に薄い。冷淡である。「―・い仕打を受ける」
「―・い目で見る」
そこで一句。
「しんしんと底冷えの夜の静かさや」よっち

冬木(ふゆき)
冬木といふのは枯木と常盤木とを問はず、冬らしい
姿、冬らしい営みをしてゐる木をいふ。
「冬木道憐みつゝも馬に鞭」雉子郎
「岩かどを径のおちゆく冬木かな」青嵐
「もたれ合う釈迦と弥勒や冬木中」淇子
「大空にのび傾ける冬木かな」虚子
広辞苑から。
ふゆ‐き【冬木】
(フユギとも)
@冬枯れの木。冬の木。季・冬。万八「わが屋前
(ヤド)の―の上にふる雪を」
Aときわぎ。〈日葡〉
そこで一句。
「風受けて泣き虫子虫冬木鳴く」よっち

枯木(かれき)
冬になって葉がことごとく落ち尽くし、しかも
枯れはてたやうに見える木をいふ。
枯木宿(かれきやど)
「尾をしがみ風の枯木の小鳥かな」 虚子

冬枯(ふゆがれ)
冬も漸くに深まり、草木はことごとく枯れ果てゝ、
あらけない姿となつたのをいふ。
「冬枯や平等院の庭の面」鬼貫
「冬枯や在所の雨が横にふる」一茶
「冬枯や大堤防の走るのみ」秋紅
「冬枯の道二筋に別れけり」虚子
広辞苑から。
ふゆ‐がれ【冬枯れ】
@冬に草木の葉が枯れること。また、そのさびしい
眺め。季・冬。古今恋「―の野べとわが身を思ひ
せば」。「―の景色」
A冬季、商店などで客が少なく不景気なこと。また、
野菜などの不足すること。「―で客がない」
⇔夏枯れ
そこで一句。
「冬枯の山道小道散歩よし」よっち

冬ざれ(ふゆざれ)
冬、草木は凋落し天象も荒んで、所謂(いわゆる)人目も草も
枯れ果てた粛々寂莫たる姿をいふのである。
「冬ざれに植うるものなき畑かな」 虚子

枯尾花(かれをばな)
葉も穂も枯れ尽くした芒(すすき)をいふ。まことに
便りなげに打戦いでいる枯尾花である。
枯芒(かれすすき)。枯萱(かれかや)。
「枯芒飛ぶ虫さへも居らずなり」 虚子

臘八會(らふはちゑ)
釈迦が雪山に於て難行苦行を重ねて、十二月八日、
鶏鳴を聴き明星を観て悟を啓いたといふ。臘月八日
であるから「臘八會」といひ、釈迦成道の法會であ
るから成道會(じやうだうゑ)ともいふ。禅宗を主
として諸寺では法會が営まれ、釈尊の苦行を偲ぶ座
禅・修道が行はれる。臘八接心といふ。
「我目には師走八日の空寒し」杉風
「臘八や粥に遅れて座禅豆」活潭
「臘八の禅堂雪に沈みけり」一杉
「臘八や獅子座につきし大和尚」静雲
「臘八の警策ぴしりと鳴りにけり」花汀
広辞苑から。
ろう‐はち【臘八】ラフ‥
〔仏〕(ロウハツとも。臘月八日の略) 釈尊成道(ジ
ヨウドウ)の日とされる一二月八日。また、この日に行
われる成道会のこと。季・冬。
ろうはち‐がゆ【臘八粥】ラフ‥
(臘八の日に仏前に供えたからいう) 温糟粥(ウンゾウ
ガユ)の別称。
ろうはち‐せっしん【臘八接心】ラフ‥
禅寺で、一二月一日から八日の朝まで釈尊成道を記
念して坐禅すること。
そこで一句。
「臘八會無念無想の山の寺」よっち

大根焚(だいこたき)
十二月九日、京都鳴瀧了徳寺、俗にいふ鳴瀧御坊の
行事である。建長四年十一月、親鸞上人が八十の老
体を以つてこの地に足をとゞめ他力本願を説かれた
時、土地の人が日夜大根の塩煮を供した。この故事
を記念するため、毎年十二月九日大根を焚いて開山
上人に供え、又人々にも之を分つのである。当日は
庭前・厨房等に幾つもの大釜・大鍋をかけて大根が
煮られ、狭い境内は人をもつて埋まる。一方本堂で
は法話があり、夜更けまで称名念仏の声が絶えない。
鳴瀧の大根焚。
「大根の供養のあとの法話かな」泊月
「大根焚今年も同じ法話僧」康之
「外のかまど内の竈や大根焚」辰之丞
「大声の法話僧にて大根焚」七三郎
ネットから。

了徳寺は別名、大根焚寺といわれます。建長4年
(1252)、親鸞上人が嵯峨月輪寺への途中、この地
に立ち寄ったところ、地元の人々が大根を煮てもて
なした故事によるものです。了徳寺の創建は、室町
末期のことで、以来、12月9・10日の報恩講にさい
して大根焚供養が行われ、参詣者をもてなすように
なったそうです。この日、了徳寺に詣ってこの大根
を食べると中風にかからないといわれ、多くの参詣
者で賑わいます。
大根は800円で、かやく御飯がついたおときは1500
円です。また、大根の葉っぱを煮たおひたしが300
円で売られています。
そこで一句。
「大根焚油揚もまた美味いかな」よっち

風呂吹(ふろふき)
大根や蕪の茹でたものに温めた味噌を点じて供する
のである。淡白な風味を賞せられる。
「風呂吹や蘆の難波の一末寺」菰聖窟
「風呂吹や漆の如き自在鉤」何鳴
「風呂吹にあたゝまりたる夕餉かな」躑躅
「風呂吹を釜ながら出してまゐらする」虚子
広辞苑から。
ふろ‐ふき【風呂吹き】
大根・蕪(カブラ)などを蒸し、その熱い間にたれ味噌を
塗って食べる料理。季・冬
そこで一句。
「風呂吹の年を重ねて美味くなり」よっち

雑炊(ざふすゐ)
冬の寒い日、温まるに好適な食物である。白米から
煮立てるものも、冷飯から作るものもある。粥より
も少し堅く炊き、醤油・味噌或は残つた汁等で味を
つけ、野菜・魚鳥の肉等を加へる。俗に「おじや」
といふ。
「雑炊の椀のぬくみのなつかしく」喜太郎
「雑炊に風邪の父を起しけり」外山
「雑炊のまこと熱くてありがたき」千々三
「雑炊に非力ながらも笑いけり」虚子
広辞苑から。
ぞう‐すい【雑炊】ザフ‥
大根・ねぎなどの具を刻みこみ味付けをして炊い
た粥(カユ)。おじや。こながき。季・冬。
「鳥―」
そこで一句。
「雑炊の舌火傷して息を吹く」よっち

葱(ねぎ)
関東では根を深く培うてまつ白であり、関西では根を浅
くするのでまつさをである。霜煙の立つ葱畑など眺佳く、
門川を流るゝ根深にも趣がある。ひともじ。
「葱買て枯木の中を帰りけり」蕪村
「葱洗ふ流れもちかし井出の里」同
「葱さげて寺世話人の見えにけり」拙童
「葱多く鴨少し皿に残りけり」虚子
広辞苑から。
ねぎ【葱】
ユリ科の多年草。栽培上は一年生または二年生葉菜。中央
アジア原産で、わが国でも古くから栽培。葉鞘の白色部を
食用とする根深葱(ネブカネギ)と緑色部を主として用いる葉
葱とに分ける。前者は主に関東、後者は関西で栽培。ねぶ
か。長ねぎ。一文字(ヒトモジ)。
古名、き。季・冬。〈日葡〉。「―白く洗ひたてたる寒
さかな」(芭蕉)
そこで一句。
「葱買いて今日の肴はぬたもよし」よっち

干菜(ほしな)
大根や蕪の首がしらから切り落とした葉を干したもの。
多くは一筋の縄を渡してそれに掛けるのである。懸菜
(かけな)とも吊菜(つりな)ともいふ。まもなく飛雪 が訪れ
寒風がささやく。干菜が軒深くからからに干から びている
のを見ると冬深い感じが起きる。味噌汁の実 などに使ふ。
小百姓とか貧乏人の食ふもののやうに 思われているが、
さう軽蔑したものでもない。
「ばばばかと書かれし壁の干菜かな」 虚子

蕪(かぶら)
蔬菜中の佳品で、種類が多い。大阪の天王寺蕪・京都の
聖護院蕪・島根の津田蕪などは白色のもの、近江日野蕪・
伊予緋蕪などは紅紫色のもの、黄金蕪といつて黄色のも
の等がある。肉は柔かで甘味を帯び、煮て食ひ、飯に入
れて蕪飯とし、塩漬にしてもうまい。北海道や京都では
古くから蕪を千枚漬として年末頃売り出す。かぶ。緋蕪。
「晴るゝ日の安倍野の道や蕪引」肋骨
「板の間に置きよろげたる蕪かな」不彩
「洗ひたる蕪まばゆき日向かな」悠堂
広辞苑から。
かぶ‐ら【蕪・蕪菁】
@かぶ。季・冬。〈和名抄一七〉。日葡「カブ、…よ
りよくはカブラ」
A(遊里語) 初心者。
そこで一句。
「その場にて蕪採り食う甘さかな」よっち

おでん
蒟蒻・八頭・薩摩揚・焼豆腐・信田巻・竹輪等を醤油
と砂糖で煮込んだもので、一つ宛串に刺して食べる。
辛子と 燗酒が付きものである。おでん専門のおでん
屋もあり、裏町や 路傍には屋台を据えて子供・労働
者・職人・学生・会社員・旦那等いろいろの客を相手
に商っている。
「おでん屋の時計一時に垂んと」誓子
「おでん屋の酒のよしあし言ひたもな」同
「川風やおでん屋臺を一あふち」流水
「おでん屋にいさゝか借のありにけり」桂歩
「おでんやを立ち出でしより低唱す」虚子
広辞苑から。
お‐でん【御田】
(「でん」は田楽デンガクの略)
@木芽(キノメ)田楽。
A(煮込田楽の略) 蒟蒻(コンニヤク)・豆腐・八頭(ヤツガシラ)・
はんぺん・つみれなどを醤油味で煮込んだ料理。関東
焚き。季・冬。「―屋」


熱燗(あつかん)
冬、寒さ凌ぎに飲む酒の燗を殊に熱くすることであ
る。
「熱燗に頭巾脱がざる眉目かな」夢筆
「酒うすしせめては燗を熱うせよ」虚子
広辞苑から。
あつ‐かん【熱燗】
酒の燗があついこと。また、その酒。
そこで一句。
「そと荒れて熱燗取りし手酌かな」よっち

神楽(かぐら)
毎年十二月十五日頃、宮中賢所大前に於て行はせら
れる神楽をいふのである。一に神遊びといふ。その
外民間に行はれるのは総て里神楽である。天の岩戸
開きの古事以来絶えることなく神楽は連綿とつゞき
行はれてゐるものである。
「大拍子ばかりきこゆる神楽かな」曲汀
「御神楽の始まるまでの儀式かな」草洲

里神楽(さとかぐら)
諸神社で行はれる神楽であって、笛や太鼓で囃し、
仮面を被り、多くは無言で演ずる。
「むつかしき拍子も見えず里神楽」曾良
「誰と誰が縁組済で里神楽」其角
「面とればをさな顔なり里神楽」了咲
「里神楽秋の田の額昔より」青畝
「里神楽柿くひながら見る人よ」虚子
広辞苑から。
かぐら【神楽】
(「かむくら(神座)」の転)
@宮廷で神を祀る時に奏する舞楽。楽は和琴(ワゴン)
・大和笛・笏拍子(シヤクビヨウシ)の三つを用いたが、の
ち篳篥(ヒチリキ)をも加え、歌は神楽歌を用い舞を伴う。
一二月に内侍所(ナイシドコロ)で行われるのが代表的。
神楽Aと区別して御神楽(ミカグラ)という。神遊(カミアソ
ビ)。季・冬。源若菜「年ごとの春秋の―」
A民間の神社で、神を祀る時に奏する楽舞。多くの
系統があり、「里神楽(サトカグラ)」と総称。
B能の舞事の一。リズム豊かな曲で、小鼓が神楽特
有の譜を奏し、女神・巫女などが幣(ミテグラ)を手に
舞う。
C狂言の舞事の一。能とは別の曲。巫女が鈴と扇を
手にして舞う。
D歌舞伎囃子の一群。宮神楽・早神楽・本神楽・夜
神楽(大べし)・三保神楽・岩戸・「あばれ」などが
あり、神社またはその付近の場面に用いるのを原則
とする。
そこで一句。
「お囃子やテンツクテンと里神楽」よっち

冬の山(ふゆのやま)
冬の山といへば草木はみな枯れ尽し、唯松などの青
青と残つてゐる山とか、枯雑木が煙のやうに生えて
大きな石などが露はに見えてゐる山とか、木を伐る
音が丁々響いて炭焼く煙が立昇つてゐる山とか、襞
の深い山々に雪嶺が打重なつてゐる遠山などが思ひ
浮ぶ。何れも静寂そのもののやうな姿である。冬山。
冬山家(ふゆやまが)。
「鶏の糞の白き梢や冬の山」惟然
「大木の倒す伐り倒しあり冬の山}梧月
「冬山やどこ迄登る郵便夫」水巴
「冬の山低きところや法隆寺」虚子
広辞苑から
ふゆ‐の‐やま【冬の山】
冬になって、草木が枯れ、あるいは雪におおわれた山。
季・冬
そこで一句。
「冬山に登る男のザックかな」よっち

枯野(かれの)
草が全く枯れ果てた野をいふのである。広漠たる枯野、
山あひの狭い枯野、青海原に打続く枯野、音もなく雨の
降る枯野、着ぶくれた人の行く枯野など色々な姿があろう。
「旅に病で夢は枯野にかけ廻る」 芭蕉
「大とこの糞ひりおわすかれ野かな」 蕪村
「遠山に日の当りたる枯野かな」 虚子

熊穴に入る(くまあなにいる)
熊は晩秋豊潤な山野の果実、小動物を充分に摂取して
一二月初旬頃から寝屋支度を始め冬眠に入る。春彼岸
の頃雪が解けはじめる時分迄は一切外に出ず飲食も絶
つのである。 熊の子はこの間に生まれる。熊。
「檻の熊月の輪濃ゆく立ち上り」 緑夢
「手枕をして眠りいる仔熊かな」 駄々子

千鳥(ちどり)

体は鶺鴒(せきれい)に似てやや小さく、頭部及び
嘴(くちばし)部蒼黒く、背部は青黒く、腹部は白く、
眼辺に黒い條紋をそなへ、尾は短く足が細く後趾を
欠く。 冬季河や海の上に群つて飛ぶ。昼は遠く外海
にあるが、 夜は渚近く来てめぐり飛んでいる。その声
は一種哀調 を帯びている。
鵆(ちどり)。磯千鳥。濱千鳥。川千鳥。冬千鳥。
小夜千鳥(さよちどり)。群千鳥(むらちどり)。
友千鳥。遠千鳥(とほちどり)。
「磯畑の千鳥にまじる鴉(からす)かな」 虚子
「荒磯や夕浪千鳥啼き連れて」 緑坡

都鳥(みやこどり)
全身白く嘴と脚が紅く優艶な候鳥である。隅田川に
浮ぶものをかく名づけたので、都鳥といへば隅田川
が連想され、「名にしおはばいざ言問はん都鳥わが
思ふ人は在りや無しやと 業平」の一首から生まれ
た懐しい名や物語が今も尚隅田川畔に残されてゐる。
ゆりかもめが正しい名であるが、俗称並びに詩歌で
は都鳥といひならはしてゐる。鷸目チドリ科にも都
鳥があるがそれとは違う。
「たゞよへる炭俵あり都鳥」東子房
「泣き伏せる狂女も都鳥飛ぶも」友次郎
「都鳥飛び隅田川昔めき」奈王
「都鳥とんで一字を畫きけり」虚子
広辞苑から。
みやこ‐どり【都鳥】
@チドリの一種。大形で、背面黒く腹面は白色。嘴
(クチバシ)は長くて黄赤色。新旧両大陸の寒帯で繁殖し、
冬期は南へ渡る。海岸にすみ、春秋に日本を通過。
Aユリカモメの雅称。古くから和歌・物語・歌謡な
どに現れる。うわちどり。季・冬。
万二○「来ゐつつ鳴くは―かも」。伊勢「名にし負
はばいざ事とはむ―」
Bユキスズメ科の海産巻貝。スズメガイに似た淡褐
色の小さい笠形の貝。日本中部以南産。
ゆり‐かもめ【百合鴎】
カモメの一種。小形で、体は白色、冬羽は頭部白く
後頸・耳羽は褐色、雨覆いは銀灰色。夏羽では頭部
が黒褐色となる。嘴(クチバシ)・脚は暗赤色。欧亜大
陸北部で繁殖し、秋、日本に渡来。和歌に詠まれた
隅田川の「都鳥」はこの鳥という。季・冬
そこで一句。
「都鳥絵手紙書いて投函す」よっち

冬の海(ふゆのうみ)
冬の海は白波立つて荒れてゐることが多い。色はあ
くまで寒いブルシャン・ブリユー。殊に北国の海は
黯澹として船の往来も途絶え勝となる。冬の波。
「島裏に来て冬海の荒びをり」草葉子
「灰色の外国船や冬の海」衣沙櫻
「北国の北のくらさや冬の海」月尚
「冬の海大王崎突出す」蕉蔭
<小樽小集>
「追分を聞いて冬海を明日渡る」虚子
広辞苑から。
ふゆ‐の‐うみ【冬の海】
冬の荒涼とした海。季・冬
そこで一句。
「冬の海波迫り来てまた戻り」よっち

鯨(くぢら)
鯨は寒帯動物で、我近海に出没するので主に冬季で
あるから捕鯨も冬が盛んである。荒れ狂ふ冬海に乗
り出して、或は銛をもち或は大砲をもつて、鯨を追
ふのは勇壮なものである。捕鯨法も段々進歩して大
仕掛となつた。鯨を捕る船を捕鯨船といふ。鯨工船
といふのは遠洋で捕鯨船に燃料や水を給したり捕つ
た鯨の処置をする汽船である。
「既に得し鯨は逃げて月ひとつ」蕪村
「高浪のかげをゆくなり捕鯨船」眞琴
「くぢら船見送つている娼婦かな」波川
「彼去つて又捕鯨談聞き難き」石南
広辞苑から。
くじら【鯨】クヂラ
(院政時代、クジラの仮名遣も見られた)
@哺乳類クジラ目の海獣のうち、大形のものの総称。
形は魚に似、海中生活に適する。種類が多く、歯の
あるもの(歯クジラ)と、ないもの(鬚ヒゲクジラ)と
に分ける。体長約一〜三○メートル、現存の動物中最大
のものを含む。皮膚は裸出し、その下に厚い脂肪層
があって体温を保つ。後肢は退化し、前肢は鰭(ヒレ)
状、尾は尾鰭(オビレ)状であるが、魚と違って水平に
広がる。餌は小魚・海老(エビ)類など。水面に浮き
上がって空気を呼吸し、そのとき鼻孔から吐く呼気
中の湿気が水滴となって柱状に立ち上る。鼻孔にた
まった海水、付近の海水もこれに伴って吹きあげら
れる。これを俗に「潮を吹く」という。かつて大規
模な捕鯨をし、食用・油・工芸に使った。マッコウ
クジラ・アカボウクジラ・イワシクジラ・ナガスク
ジラ・セミクジラなど。南北両極の海、特に南氷洋
に多い。古称、勇魚(イサナ)。季・冬。
常陸風土記「鯨鯢(クジラ)は曾(ムカシ)より見聞かず」
A「くじらじゃく」の略。
そこで一句。
「塩を吹く鯨を見たり硫黄島」よっち

河豚(ふぐ)
河豚の腹部を丸くふくらましているのは時としていまいま
しいく時として可笑しい。季節は十月上旬から始まり翌年
三月上旬に終わる、所謂、橙の黄ばむ頃から菜の花の開く
頃までである。最も美味なのは、十一月から二月までであ
る。この河豚の料理の最も発達しているのは下関で、技巧
の極致を尽くしている。紙の如く薄く切った刺身が藍の染
付皿の上に並べられてその模様の透いているなどまことに
美しい。その他、味噌汁にし、鰭(ひれ)は酒に浸して飲 む。
美味と劇毒を併せ有つところに河豚の妖しい魅惑があ る。
ふぐと。河豚汁。河豚鍋。河豚ちり。鰭酒(ひれざけ)。
河豚の宿。
「あら何ともなや きのふは過て ふぐと汁」 芭蕉
「親分と家向あふて鰒(ふぐ)と汁」 一茶
「河豚喰ふや短き命短き日」 虚子

鰤(ぶり)
鰤は背蒼青、腹白、その中間に一條の黄帯が走つてゐる。
長さ一メートル程に達するものがある。大洋に棲み、つ
ばす・めしろ・はまち・あぶこ・いなだ・わらさ・ぶり
等を長ずるに従つて名を改める。それで出世魚として歳
暮の贈物にされる。冬季は寒鰤といつて味最も佳良であ
る。鰤の漁期即ち十二月・一月頃の雷鳴を鰤起しといふ。
「初鰤やほのかに白き大江山」季友
「腰蓑に荒き浪かな鰤を突く」正義
「青潮のもまれ躍れり鰤と見ゆ」里石
「大鰤を負うて小さし対馬馬」鳴子
「鰤の市牟婁の言葉はあらきかな」虚子
広辞苑から。
ぶり【鰤】
スズキ目アジ科の海産の硬骨魚。体は長い紡錘形。背部
は鉄青色、腹部は銀白色で、体側に前後に走る淡黄色の
帯がある。体長約一メートル。日本付近に分布し、養殖もさ
れる。寒鰤といい、冬に美味。いわゆる出世魚で、幼魚
から順にワカシ・イナダ・ワラサ・ブリ(東京地方)、ま
たはツバス・ハマチ・メジロ・ブリ(大阪地方)などと呼
ばれる。コブリ。オオブリ。季・冬
そこで一句。
「寒鰤を一本捌く腕細し」よっち

牡蠣(かき)
牡蠣は広島に於て始めて養殖され、販路を大阪に求
めてこゝで大いに牡蠣料理が発達し、遂に広く各国
に賞味されるに至つた。養殖以外は海岸の石垣や岩
礁に付いてゐるのを手鉤で採るのである。牡蠣打と
いふ。冬、殊に寒中がよい。
「牡蠣打や磯うつりして見えかくれ」遊魚
「牡蠣の桶うす紫に濁つたり」蛸雨
「牡蠣の酢の濁るともなき曇りかな」虚子
広辞苑から。
かき【牡蠣】
イタボガキ科の二枚貝の総称。貝殻は形がやや不規
則で、左殻で海中の岩石や杭などに付着。肉は栄養
に富み美味。各種が全国に分布し、また各地でマガ
キを中心に養殖され、宮城県・広島県が有名。ほか
にスミノエガキ・イタボガキなどがある。貝殻から
貝灰を作る。ぼれい。季・冬。〈和名抄一九〉
そこで一句。
「鍋に牡蠣半なま程ですくい上げ」よっち

味噌搗(みそつき)
農家では各自家用の味噌を作る。十分に煮た大豆に
食塩を麹を加へて搗くのである。味噌を作るに冬を
選ぶのは貯蔵上結果がいゝからでる。味噌作る。
「味噌焚の大釜や燃え上る」奇北
広辞苑から。
みそ‐つき【味噌搗き】
味噌を作るために、煮た大豆を搗くこと。季・冬
そう言えば、田舎では、大釜で大豆を煮て、味噌つ
くりをしていました。煮た大豆をミンチにする機械
で搗きますが、これが結構おいしいのです。当然に
食べ過ぎると下痢をするので、「たべすぎるなよ!」
と爺ちゃん、婆ちゃん、父母から注意を受けたもの
です。
そこで一句。
「味噌搗や食べ過ぎるなと注意受け」よっち

冬籠(ふゆごもり)
冬、寒さを避けて家に籠つているのをいふので、動作も
鈍り何となく懶(うと)く侘びしい。北国では雪に閉ぢ られ
て全く籠りきる。南国でも寒い時は家居勝になり、 冬籠の
気持は充分味はれるであらう。冬籠は動物にも いふ。
「折々に伊吹を見てや冬籠」 芭蕉
「薪をわる妹一人冬籠」 子規
「耳とほき浮世の事や冬籠」 虚子

炬燵(こたつ)
寒国では多く切炬燵(きりごたつ)といって、櫨の上に櫓を置き、
布団を掛けたのを用いるが、一般には置炬燵が多い。櫓炬燵・
大和炬燵・電気炬燵等がある。大和炬燵は土製で壊れないやうに
古紙で張ってある。炬燵布団。
「思う人の側へ割込む炬燵かな」 一茶
「耳遠く病もなくて火燵かな」 虚子

風邪(かぜ)
冬は寒気が厳しく空気が乾燥し、風邪のシーズンである。
大抵の人は鼻風邪くらいひく。流行性感冒が流行る時など
一家枕を並べて打臥すことも珍しくない。
風邪薬(かぜぐすり)。
「医者ぎらい薬ぎらひの風邪籠り」 月尚
「おしおして遂にふせりぬ風邪の妻」 虚子

冬至(とうじ)
一二月二十二日頃に当たる。これから次第に日脚がのびる。
昼間最も短く、夜間最も長い日である。特に粥を食べたり、
南瓜(かぼちゃ)を食べたり、又柚子(ゆず)風呂を立てて
入る週間などがある。
冬至粥(とうじがゆ)。
「味噌汁にかぼちゃ浮たる冬至かな」 照葉女

狐火(きつねび)
狐火は冬から春にかけて一番多いといふ。山野に
いづくともなく、燈火ならぬ妖しい光が點りつらなる。
一つかと想えば二つ、二つかと思えば三つ四つと数限りなく
殖え、やがてまた減つてしまふといふ。燐火でもあらうか、
はつきりした事は判らない。
「狐火や髑髏に雨のたまる夜に」 蕪村
「狐火の出ている宿の女かな」 虚子

クリスマス
一二月二十五日、キリストの誕生日は不明なのであるが、
この日を基督教では耶蘇降誕記念日として、前日夕のク
リスマス・イーブから各教会堂で儀式がある。クリスマ
ス・ツリーが飾られ、又各百貨店等ではクリスマス贈答
品を買い、家庭でも子供達へサンタ・クロースの伝説に
因んだ贈物をしたりする。降誕祭(かうたんさい)。聖
誕節(せいたんせつ)。
「二三段雪のきざはしクリスマス」まもる
「雪堆き門邊の橇やクリスマス」草夢
「聖堂といふも藁家やクリスマス」
「雪道や降誕祭の窓明り」久女
「老牧師に扶けられクリスマス」雉子郎
「物くれる和蘭人やクリスマス」虚子
広辞苑から
クリスマス【Christmas; Xmas】
(Xは「キリスト」の意のギリシア語 Xristos の頭字。
mas は祭日の意) キリストの降誕祭。一二月二五日に行
う。もと太陽の新生を祝う「冬至の祭」がキリスト教化
されたもの。ギリシア正教会では一月六日。聖誕祭。降
誕祭。ノエル。季・冬
「庭先の電飾光りクリスマス」よっち

日記買ふ(につきかふ)
年末の書肆にはいろいろな新しい日記が堆く積ま
れる。人々は各々こゝろに叶つた一冊を選び買ふ
のである。日記出づ。
「実朝の歌ちらと見ゆ日記買ふ」青邨
「日記買ふ未知の月日に在るごとく」秀好
「勉めよと日記を買ひて與へけり」虚子
広辞苑から。
○日記買う
歳末に来年用の日記帳を買う。季・冬
そこで一句。
「一番に高く積まれた日記買ふ」よっち

年の市(としのいち)
新年に用ゐる品々、神棚・注連飾・門松・爼・若水
桶・盥(たらい)・橙・楪・裏白・串柿・昆布・茶
碗・盆栽其他、新年の新調度等売る市である。東京
では、深川八幡とか浅草観音とか、銀座とか、大百
貨店などに、十二月半頃から大晦日まで例年年の市
が立つ。年の市が立つと歳晩気分が横溢する。
「年の市線香買に出ばやな」芭蕉
「年の市や馬士によみやる送り状」召波
「年の市藁一把にもかけ値かな」梅室
「年の市やうやく尽きて難波駅」白甫
「手桶提げてこまごまと買ふ年の市」鬼城
「明神雨の天神風や年の市」葉生
広辞苑から。
とし‐の‐いち【年の市・歳市】
新年の飾り物その他の必要品を売る市。一二月半ば
から月末にかけて立つ。季・冬。続虚栗「―線香
買に出でばやな」(芭蕉)
そこで一句。
「年の市用も無いのに声を掛け」よっち

煤佛(すすはらひ)
新年を迎へるべく屋内の煤埃を隈なく掃き清めることである。
江戸時代には一二月一三日に行はれたが現在では日を定めずに
行う。寺院などでは今も夫々のしきたりがあつて、特別に行は
れる。
煤掃(すすはき)。煤竹(すすだけ)。
「旅寝して見しやうき世のすす佛」 芭蕉
「老一人いつまで煤の始末かな」 虚子

冬休(ふゆやすみ)
大方の学校は、一二月二十五日頃から松の内くらい
休暇をする。期間の短いのが、却つて冬休らしくもある。
「大原の小学校も冬休」 たけし


年忘(としわすれ)
一年の慰労といつたやうな酒宴である。中には案内
や来合わせたものでするささやかな年忘もある。
官庁・ 会社等で大勢でやるのは忘年会といふ。
「人に家をかはせて我は年忘」 芭蕉
「年忘老は淋しく笑まひをり」 虚子

御用納(ごようをさめ)
諸官署・官立学校などは十二月二十八日まで事務を
とり、それから一月三日迄は休日となるので、この
日を御用納とか御用じまひといひ、その年の残務一
切を片付け、年末の挨拶を交して別れるのである。
「髪結うて御用納の女かな」 一路

餅搗(もちつき)
師走も押しつまって来ると、そこここに餅搗の音が
ひびく。都会では余り見られなくなつたが、それで
も派手好きの家などでは田舎から餅屋を呼んで搗か
せる。濡れた大臼、枯木に立掛けた杵、天井まで大
湯気を上げて蒸籠をかかへて来る女房、上がり
框( かまち)に大箕に餅粉を敷いて搗き上るのを待つて
いるもみ手、ちぎり手、立っている子守、しようこ となし
の犬ーーーさういふ場面も想像せられる。
「餅搗が隣に来たといふ子かな」 一茶
「餅搗くや草の庵の這入口」 虚子

年の暮(としのくれ)
年の終頃のことである。歳末。歳晩。
「分別の底たゝきけり年の暮」芭蕉
「ふる里や臍の緒になくとしの暮」同
「この暮もまたくりかへしおなじ事」杉風
「ともかくもあなたまかせの年の暮」一茶
「かへりみる吾が俳諧や年の暮」たかし
「いさゝかの金欲しがりぬ年の暮」鬼城
「年を以て巨人としたり歩み去る」虚子
「年の暮淡々として暮らし行く」よっち

大晦日(おほみそか)
陰暦・陽暦に拘はらず十二月の最終の日をいふのである。
三十日のことを「つごもり」といふので大晦日を「大つご
もり」ともいふ。
「いささかの借もをかしや大三十日」 鬼城
「塵取に飾の屑や大晦日」 涙石

除夜の鐘(ぢょやのかね)
新しい年に正に移らんとする大晦日の夜半時、除
夜の第一鐘が響きわたる。百八の煩悩を一つづつ
数ふといふ。行く年来る年を荘厳にする。
「草庵も末寺の端や除夜の鐘」蘆月
「除夜の鐘襷かけたる背後より」しづの女
「除夜の鐘もつとも近き相国寺」松風
「町と共に衰へし寺や除夜の鐘」虚子
「掲示板感謝して見る除夜の鐘」よっち