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NewsHome->俳句->過去作成投稿句(H13.7〜H13.12)
作り方今月俳句│歳時記 @ A B C D E F G H I J K│過去log@ A B C D
    

7月の作成句
「九州に大雨降るや半夏生」
「今日もまたおはようといふ月見草」
「緑葉に朝日の出でて合歓の花」
「そよ風が渡り流れる青田かな」
「梅雨明で雨の冷ややか懐かしく」
「夕立や軒の雨だれ見とれをり」
「編隊を包み込む輪の虹出でる」
「団扇風客へ向って流れをり」
「早足で歩く葉先や天道虫」
「七星の宇宙を背負い天道虫」
「赤と黒草葉の上のてんとむし」
「富士詣道程遠くまだ在りぬ」
「富士詣安堵の下山膝痛し」
「アルプスが歩け歩くで待っている」
「徒歩力つけて準備の登山かな」
「奥山を踏み越え瀧を見に行けり」
「手汲みして腹いつぱいの清水かな」
「朝涼や散歩通りの多い人」
「涼風に藤椅子上の昼寝かな」
「浴衣着て背筋をピンと伸ばします」
「古浴衣踊りの輪から浮きにけり」
「塩の吹くフライトスーツの汗の後」
「ベランダの煙草一服納涼かな」
「公園へ犬と一緒に夜涼み」
「打水の気持ち現わるお店かな」
「朝早く店前掃いて水を打つ」
「風一つ風鈴一つ鳴らしをり」
「金魚とて住みよい水で長生よ」
「せがまれて金魚とともに帰り道」
「コンチキと祇園祭の人が湧く」
「暑き地に転勤せしや蝉時雨」
「給食に土用鰻が出されます」
「何時までもついて来るかな蝉時雨」
「梅干すや妻の物腰はや慣れて」
「梅干の体によいと妻がいい」
「梅干のすっぱい味が嫌いなり」
「夏痩を夢見て飯を食らうかな」
「夕顔の白花闇に浮かびます」
「百日紅縮みて花の咲きにけり」



今月の投稿句
「半夏生陰濃き午後のだるさかな」すみ
「風吹きて汗もひきしは青田かな」筑前
「夕立の裾をめくりて色香かな」筑前
「笹飾り横断歩道を渡りけり」FRANK
「短冊に叶うといいなと願い込め」SL-35
「虹立ちぬ牧場の朝露や」筑前
「宵山の浴衣の君に団扇かな」筑前
「若かりし我はいずこや富士詣で」筑前
「かなぶんのあたりし痕のこの額」筑前
「初登山子供の声に押されつつ」アリス
「初登山頂上は雲の中」アリス
「糠雨やすこしのベンチをまた濡らし」green
「日傘さしぬか雨のなか帰路につく」green
「打ち水がまずは馳走や旧き宿」すみ
「川涼み手を取る人の手の熱さ」すみ
「ふるさとの暑さ骨までしみていく」すみ
「禰宜もまた玉の汗なり祭りの夜」すみ
「さそりをも睨む目のよな星一つ」FRANK
「隣家より梅酢の匂ふ半夏生」FRANK
「半夏生都会のビルに日は暮れず」FRANK
「月見草名のみ涼しき夕べかな」FRANK
「のうぜんも黒き影おとす炎天下」FRANK
「笹飾り横断歩道を渡りけり」FRANK
「朝顔の鉢が戻って夏休み」FRANK
<鞭打ち>
「外来で三句薬局で四句のひまつぶし」FRANK
「首たたず待合室の椅子暑し」FRANK
「待つうちに具合悪くなる大病院」FRANK
「呼び出しの声もけだるい大病院」FRANK
「忙しそうに働いて欲しくなる夏の病院」FRANK
「本閉じて欠伸するのも三回目」FRANK
「ひだるさや白衣に似合わぬ染めた髪」FRANK
「ふと我にかへりて譲る夏の席」FRANK
「湿布貼りてせめて涼をとるむち打ち症」FRANK
「元気そうに日傘をとりに戻る婆」FRANK
「おのが名を呼ばれて応える人もなし」FRANK
「名前呼ばれ途中で終えるドラマかな」FRANK
「世間話名前呼ばれたらさようなら」FRANK
「顔ぶれの入れ替わって呼ばれる我が名前」FRANK
「事故相手の名の続きに書く五七五」FRANK

何一つ不自由せざりし今の世を
      甘受せし我戦士に深謝す」FRANK
巡り来し暑さをまとふ藍浴衣」すみ
鉾巡行稚児のうなじの白さかな」すみ
「山間(やまあい)の道開けしところ合歓の花」kazu
「鳴くことが生きたる証しか蝉時雨」kazu
「じりじりと待つ人も焼け土用うなぎ」kazu
<熱帯夜 二句>
「暑さゆえ愛しき人も遠ざける」kazu
「枕持ち涼を求めて寝床探し」kazu
<小倉祇園太鼓 三句>
「祇園太鼓小倉の街に夏を呼ぶ」kazu
「伝えたくて携帯使い祭り中継」kazu
「一心に求道者のごと太鼓打ち」kazu
「蝉時雨けふの暑さを告げにける」すみ
「轟は天の怒りかお祭りか」green
「大空に走り飛び交い雲照らし」green
「山の上眠ったようなお月様」green
「腕なぞる風が呼ぶのは夏の虫」green
「夕顔やようよう陽差し傾きて」すみ
「降り散るもなお花多し百日紅」すみ




7月の選句結果

FRANK選
 「手汲みして腹いっぱいの清水かな」よっち
○「せがまれて金魚とともに帰り道」よっち
 「宵山の浴衣の君に団扇かな」筑前
 「鉾巡行稚児のうなじの白さかな」すみ
 「山間(やまあい)の道開けしところ合歓の花」kazu

○でいただいた、よっちさんの句ですが、
「金魚とともに帰る道」「金魚とともに帰り道」と二通りに
イメージしました。というのは、私自身が読んだ瞬間
「帰る道」と取り違えたからです。
「帰り道」のほうがキレが感じられて、イメージがふくらみます。
子供と手をつなぎ帰る道、大小二つの長い影が路上に
のびているような・・・素敵な世界です。
kazuさんの句、徹底した写生が気持ちよいです。
最後まで、どちらを○にしようか迷いました。


すみ選
 「七星の宇宙を背負い天道虫」よっち
 「初登山子供の声に押されつつ」アリス
 「山間の道開けしところ合歓の花」kazu
 「伝えたくて携帯使い祭り中継」kazu
○「山の上眠ったようなお月様」green

どの句もやさしい言葉で素直な感情が詠み込んで
あり、こんな句が作れたらという目標になります。
天道虫の小さな姿に宇宙を見る大きな目、子供の
声に押されてがんばった登山の想い出、合歓の花
咲く山道の美しさ、よい句だと思いました。
祭り中継の句は共感!
山の上・・・の句、「眠ったようなお月様」とい
う表現が何とも言えず「はんなり」していますね。
靜かで優しいお月様の姿が目に浮かびます。


kazu選
 ○「七星の宇宙を背負い天道虫」よっち
  「半夏生陰濃き午後のだるさかな」すみ
  「笹飾り横断歩道を渡りけり」FRANK
  「夕立の裾めくりて色香かな」筑前
  「轟は天の怒りかお祭りか」green

 <選句によせて>
   「七星の・・・」小さな生命体である天道虫を、
<宇宙><星>  という無限大の世界に広げている
視点が、面白いと思いました。
  天道虫の閉じられた羽の球体を観ていますと、
大気圏外から地球を含め、数々の星(惑星)を見て
いるようです。
  天道虫に近づいている詠み手の視線と、その観
察眼が生かされている句だと思います。
  ところで、宝塚歌劇団の新しい組に<宇宙>と
書いて、<そら>と読ませるのがありますが、この句
での<宇宙>は、<うちゅう>ですよね。


よっち選
 「半夏生陰濃き午後のだるさかな」すみ
 「夕立の裾をめくりて色香かな」筑前
○「笹飾り横断歩道を渡りけり」FRANK
 「初登山子供の声に押されつつ」アリス
 「伝えたくて携帯使い祭り中継」kazu

・笹飾り・・・の句は、何ともユーモラスな動きに
思わず微笑んでしまいます。
 たぶん、僕が作ったんだぞという勢いで、大きな
笹飾りを小さな幼稚園生が持って横断歩道を渡っ
ているのでせう。
 それを見つめる作者の暖かい心が感じられる
句だと思います。
8月の作成句

「寝汗かく今日この頃や暦の秋」
「今朝の秋太陽の位置を確認す」
「桐一葉まためぐり来る桐一葉」
「七夕や技量向上願いこめ」
「天の川いつの間にやら旅してる」
「中元を持つて故里帰ります」
「草市を知らない人や通りすぎ」
「地蔵にもお裾分けする盆供え」
「じいちゃんもばあちゃんも来る魂祭」
「お隣のお寺に下駄で墓参り」
「ぼんぼりのそこはかなくとともりけり」
「踊子のばあさんなぜか縁者かな」
「盆踊り輪のうちそとに笑い顔」
「踊笠かすかに浮かぶ笑い顔」
「盆休み鬼のいぬ間の掲示板」
「パッと咲く花火に遅れ音ひびく」
「暗闇に花火の光輝けり」
「一瞬の命輝く花火かな」
「日暮や便箋に筆文机」
「かなかなやなかなかやまぬ暑さかな」
「熱帯夜記録塗り替え残暑かな」
「稲妻の雷神達の寝語かな」
「稲妻や闇夜に浮かぶ妻の顔」
「流れ星初めて見たと娘いい」
「流星の消えてゆくゆく命かな」
「苗二年花を付けにし木槿かな」
「ままごとやつまくれなゐに大人びて」
「みてくれと味の異なる南瓜かな」
「前掛の新たなるかな地蔵盆」
「逃げ帰る途中の店や小豆餅」
「小豆餅代金支払う銭取かな」
「大根を蒔いてふろふき思うかな」
「小さい子小さい皿に赤のまま」
「髪の上日本舞踊や櫻蓼」
「今日もまだ形を残す芭蕉かな」
「稲もまた花があるかなよい天気」
<糸魚川への汽車の旅>
「吹く風の秋をこぼして過ぎにけり」
「そちこちもとんぼの色も秋のいろ」
「旅先でふと出会かな秋の色」
「葛の花大木覆い咲きにけり」
「コスモスの宇宙がそこに在りにけり」

今月の投稿句
「未だしや夜更けてさがす虫の声」FRANK
「秋立てる知らせの風の声も聞かず」FRANK
「花火終えて辿る家路やうらがなし」FRANK
「汗だらだらラーメン底まですすりけり」FRANK
「ぬか床の世話馴れしころ秋来る」すみ
「桐一葉降るごとに空広がりて」すみ
「涼しげな浴衣姿も下は汗」アリス
「帯ほどき脱いだ浴衣は汗まみれ」アリス
「ミニ浴衣太もも出せばさぞすずし」アリス
「七夕や願いの多き年もあり」すみ
「背伸びして子ら黙々と墓洗い」すみ
「祈る背が皆よく似たり墓参り」すみ
「茄子の馬子ら走るたび跳ね飛びて」すみ
「草の市ホオズキの紅槇の青」すみ
「草取りの額の汗に残暑かな」筑前
「盆礼や別れ難くて長話」すみ
「踊り果て笑い果てたる夏の夜」すみ
「遠花火負うた子深く眠りおり」すみ
「ひぐらしや無人の駅は暮れかけて」すみ
「やつれしをいたわりあいて秋暑し」すみ
「いなびかりイヌ何事と構えり」すみ
「秋味の匂いおかずに餌を食う」まる吉
「地蔵盆泣く子笑う子賑やかに」すみ
「ひぐらしや暗くなるのに間に合わず」FRANK
「野分して雨音に目覚む夜三更」FRANK
「朝まだき目覚めて聞くや籠の虫」FRANK
「懐かしき 瀬戸の内海(うちうみ) 真夏の光」kazu
「ことばまで 美味しく思ふ 盆帰省」kazu
「地蔵盆 子らの念仏 響きおり」kazu
「弧を描き 真夏の水面 水上バイク」kazu
「八月尽しめりたる夜の寒さかな」FRANK




8月の選句結果
kazu選
   盆踊り 輪のうちそとに 笑い顔
   祈る背が 皆よく似たり 墓参り
   草取りの 額の汗に 残暑かな
   八月 尽しめりたる 夜の寒さかな
  ○遠花火 負うたる子 深く眠りおり
 
   <遠花火の句>
    遠花火を見ている視点と、負われて眠る
   子を見る視点。遠くから近くへと移る、視線
   の優しさを感じます。また、遠くでもかなり
   の音がするでしょうに、深く眠る子。動と静
   の対比も相まって、絵にしたい句です。


 FRANK選
 「盆踊り輪のうちそとに笑い顔」 よっち
 「前掛けの新たなるかな地蔵盆」 よっち
○「祈る背が皆よく似たり墓参り」 すみ
 「草取りの額の汗に残暑かな」  筑前
 「ことばまで 美味しく思ふ 盆帰省」 kazu

私は義父を知りません。妻が中学3年生の時他界して
いるのです。
先日23回忌の法要に出向きました。参る者7名の
小さな小さな、心のこもった法要でした。
姉の長女がちょうど中学3年生です。
腰をおとして手を合わせる姿に、
私と知り合う以前の妻の面影を探しました。
享年46歳の義父の愛情の分、私が引き受けねば
なりません。(このHPでは本当に臆面もなく
こういうことが言えてしまいます。ごめんなさい。)
そんなわけで、すみさんの句を○で頂きました。 


すみ選
 小さい子 小さい皿に 赤のまま
 稲妻や 闇夜に浮かぶ 妻の顔
 草取りの 額の汗に 残暑かな
○野分して 雨音に目覚む 夜三更
 ことばまで 美味しく思ふ 盆帰省
 
「小さい子」の句、おままごとの可愛い風景が目に浮かびます。
「稲妻や」に、夫婦の情景というのはこういう風景かと思いました。
「ことばまで」、故郷に帰省した喜びを感じます。ことばまで美味し
い、素晴らしい表現ですね。「野分して」の句。台風の夜、目覚めて
寝床から耳を澄ますと雨音。こんな時想うこと、あれこれ。広がりの
ある句と思います。「草取りの」の句、額の汗も爽やかです。


よっち選
○「ことばまで 美味しく思ふ 盆帰省」kazu
 「ミニ浴衣太もも出せばさぞすずし」アリス
 「草取りの額の汗に残暑かな」筑前
 「踊り果て笑い果てたる夏の夜」すみ
 「野分して雨音に目覚む夜三更」FRANK

お盆に里に帰る時は、嬉しいものです。
里に近づくに従って、匂いも懐かしく思い出されてきます。
言葉も、懐かしい言葉が、少しづつ増えてきます。
いつしか、方言丸出しの自分がいるのに気づきニコリとして
しまいます。そんな思いとkazuさんの句がピッタリ来ました
ので○で頂きました。

9月の作成句
「仲秋や蝉の骸に蟻群れリ」
「仲秋や夕暮れからす帰り道」
「何もかも洗い流して野分かな」
「吾の命来所尋ねし夜長かな」
「哲学と遊び眠れぬ夜長かな」
「夜なべしてもうすぐ朝になりにけり」
「遠富士や明けの呼集の爽やかさ」
「芒野の風を光りに見せてをり」
「芒野や風が光りに変わりをり」
「女郎花意外と大なる花咲けリ」
「藤袴まだ見ぬ花を思いやり」
「葛の花大木覆い咲きにけり」
「妻共に歩む道端葛の花」
「大気から静かに降るや露の玉」
「また虫が鳴き始めるや旅心」
「暴風雨強まる中の虫の声」
「鈴虫や心を澄まし聞きにけり」
「蟋蟀に猫が来たよとつぶやけり」
「蟷螂の渡る世間に鬼ばかり」
「かまきりを猫が捕らえて遊びをり」
「いじめるな逃げろ逃げろやへこきむし」
「酒屋から帰る月夜や影一つ」
「待宵の雲に邪魔され待ちぼうけ」
「待宵の雲に邪魔され空眺む」
「雲の上まんまるまるい無月かな」
「雨の月団子に芒が肴かな」
「海霧の壁をなしてや迫り来る」
「霧雨や自動車の灯の浮かびける」
「秋の蝶運動場に遊びをり」
「秋の蝶二羽三羽とまとはりぬ」
「秋扇こだわり使ういつまでも」
「駅降りて迎い待つ間よ秋彼岸」
「幾筋の飛行機雲や曼珠沙華」
「四筋の飛行機雲や曼珠沙華」
「見上げれば飛行機雲や曼珠沙華」
「かもめ来て餌をついばむ秋刀魚かな」
「目を見れば鮮度が分かると秋刀魚かな」
「七輪の煙にむせぶ秋刀魚かな」
「お祭りのつめ放題の秋刀魚かな」
「蛍草泣く子をあやす女かな」
「鬼火や姉が昨日嫁ぎ行き」
「天高く馬も肥ゆるや秋茄子(あきなすび)」
「太っても良いじゃないかと秋茄子」
<硫黄島の唐辛子>
「百倍も辛い小さい唐辛子」
「かの庭に今も木犀匂ふかな」
「冷やかや湯気一筋のがんもどき」


今月の投稿句
「中秋や月に迎いて先ず一献」筑前
「秋刀魚を見背筋を伸ばすわが身かな」筑前
「すがれしもほのかに赤く曼珠沙華」すみ
「秋刀魚焼くけぶりも美味し秋の味」すみ
「金木犀香にひたりて京に老ふ」すみ
「あぜ道にひと群れ残りし曼珠沙華」kazu
「澄みし空ひょいと伸びし秋桜(あきざくら)」kazu
「カーディガン一枚はおりて秋の夜」kazu
「風一陣黄金の稲穂波をうつ」kazu
「休耕田白き絨毯そばの花」kazu

9月の選句結果

すみ選
○何もかも 洗い流して 野分けかな
 また虫が 鳴き始めるや 旅心
 海霧の 壁をなしてや 迫り来る
 あぜ道に ひと群れ残りし 曼珠沙華
 風一陣 黄金の稲穂 波をうつ

9月始めは秋と言っても暑さ厳しく、秋の句
を詠めなかった記憶があります。よっちさん
の毎朝の俳句に頭が下がります。
野分けの後のすがすがしく清められた天と地
の様子の句に○を。あぜ道の曼珠沙華の様子
を上手く詠まれたkazuさんの句も良いで
すね。講評も楽しみにしています。



: FRANK選
 「仲秋や蝉の骸に蟻群れり」よっち
○「吾の命来所尋ねし夜長かな」よっち
 「すがれしもほのかに赤く曼珠沙華」すみ
 「秋刀魚を見背筋を伸ばすわが身かな」筑前
 「カーディガン一枚はおりて秋の夜」kazu

命の来所という根元的な問題と「夜長」という季語のベスト
マッチだと思います。人の世の不可思議さ、自分という
人間の存在、それを支える妻との出会い、子供という存在、
そういったものが、夜の静寂や近く遠くの虫の声にしのばれる
哲学の秋です。 



kazu選
  妻共に歩む道端葛の花
  かの庭に今も木犀匂ふかな
 ○中秋や月に迎いて先ず一献
  すがれしもほのかに赤く曼珠沙華
  金木犀香りにひたりて京に老ふ

 <選句によせて>
  ・「妻共に・・・」日々のあれやこれやを、つれづれなるままに
   話しながら自然の中を歩くご夫婦の姿。ふと、葛の紫の花が目
   にとまる。素敵な情景が幾重にも写ります。また、人生を、静
   かに共に歩むお姿にも重なります。
  ・「かの庭に・・・」木犀の香りをふと感じたとき、懐かしい<
かの庭>のことが脳裏に浮かんだのでしょうか?なぜか寂しさ
   は感じず、ほんのりした気分になりました。
  ・「中秋や・・・」今年の、中秋の名月は美しかったですね。
   月を迎え、月に向かって先ず一献を傾ける。月明かりに照
   らされて、ゆったりと流れる時間を楽しんでおられる様子
   を感じました。
  ・「すがれしも・・・」曼珠沙華の赤は、強烈な印象を与え
   ます。故に、盛りが過ぎたら目がいかない場合が多いです。
   しかし、ほのかな赤さを見逃さなかった作者の視線が句に
   生きているように思いました。
  ・「金木犀・・・」<香りにひたる>という表現が、いいですね。
   <京に老ふ>というのは、花の終わりを指すのでしょうか?


よっち選
 「中秋や月に迎いて先ず一献」筑前
 「秋刀魚焼くけぶりも美味し秋の味」すみ
 「金木犀香にひたりて京に老ふ」すみ
 「あぜ道にひと群れ残りし曼珠沙華」kazu
○「風一陣黄金の稲穂波をうつ」kazu

秋の風が吹いて、投稿句が始まり一年が過ぎました。
流石に皆さんの作句も疲れが出てきたようです。これ
もまたいいです。そのうち意欲が出てきたら、気楽に
投稿してください。よっちも毎朝、毎朝、駄作を作りつ
づけていますがいつまで続く事やら・・・・・。

10月の作成句
「秋晴や飛行訓練富士の上」
「どんぐりも栗も拾うや秋の山」
「秋の山分け入り飯を食べにけり」
「名月やいつもの酒が吟醸酒」
「秋の暮門灯まさに点けにけり」
「露草や餌場ねぐらの通り道」
「赤くしてはにかむ頬や秋の山」
「秋晴や苦虫顔の男行く」
「秋晴や畦に腰掛け手弁当」
「硫黄島きのこ当たりの一夜かな」
「松茸や隣の喧嘩我知らず」
「空瓶を枕に眠る新酒かな」
「店先の新酒広告目立ちをり」
「今年酒ぐつと素直に育ちけり」
「蝗串おそる恐そるにかじりけり」
「悠々と群れ群れ行くや渡り鳥」
「呼応して百舌の高鳴き響きをり」
「コスモスや雨の降りける停留所」
「渡り鳥旅路が我の棲家なり」
「鶺鴒や尾を振り慣れることはなし」
「山里の社の西の木の実かな」
「塩尻の駅の構内葡萄棚」
「丸ごとに葡萄ほお張り皮を吐く」
「天仰ぐ幟はためき村祭」
「開け放つ全ての窓や後の月」
「うそ寒や新聞配る人の音」
「身にしむや満天からの流れ星」
「真剣な顔で祈るやゑびす講」
「腰据えて一挙に引きぬく牛蒡かな」
「ばあちゃんの腰叩く手や牛蒡引く」
「葦原の真只中や風の音」
「薬掘り古老について教え得る」
「敗荷の雨の雫がこぼれけり」
「古池の蓮の実飛ぶや仲直り」
「木の実落つ山の恵みに感謝かな」
「椎の実はほのかな甘味感じさせ」
「落穂をばもったいないと拾いけり」
「爺さんの時代を思い稲を扱ぐ」
「秋時雨涙とともに歩くかな」
「柚子の実の今年は沢山実りたり」
「末枯や道行く犬に声をかけ」
「蔦紅葉十字の壁を覆いけり」
「石蕗の花塀の外から顔を出し」


今月の投稿句
「姿なき月に一献冷えし夜」すみ
「無月仰ぎみる空から舌先に銀の雨」FRANK
「秋山は日に照り映えて空青し」FRANK
「秋山や水増えし川に流されず」FRANK
「持ちて来し鍋あたたかき秋の暮れ」FRANK
「秋の暮れ花も紅葉もいらざりき」FRANK
「ひそやかに歩み緩めて金木犀」FRANK
「暮れてなお路上に清し金木犀」FRANK
「十六夜の風流友と分かつweb」FRANK
「羽ばたけば何処のそらへ渡り鳥」筑前
「瀬戸川に一羽迷いて渡り鳥」筑前
「週末のひかりに乗りて渡り鳥」筑前
「秋の夜に娘が泣いて親不眠」mak
「小夜更けて我を訪なう秋の雨」FRANK
「気がつけば色づき初めし桜葉かな」kazu
「咲くころを思いて植えし球根二つ」kazu
「なんとなく寂しさの増す釣瓶落し」kazu
「窓の内ぼつねんと居て秋時雨」kazu
「十三夜実りとこころを供えけり」kazu
「丘の上うっとり眺むいわし雲」kazu
「逢えた日は気分もともに秋晴るる」kazu
「ゆるやかに流れる午後の秋薔薇(あきそうび)」kazu

10月の選句結果

すみ選
 寒さにはまだ間があり過ごしやすい京都です。紅葉も
里に下りてきていよいよ秋の盛りです。

 呼応して 百舌の高鳴き 響きおり  よっち
 無月仰ぎみる 空から舌先に 銀の雨 FRANK
 持ちて来し 鍋あたたかき 秋の暮  FRANK
○週末の ひかりに乗りて 渡り鳥   筑前
 十三夜 みのりとこころを 供えけり kazu

単身赴任中の己の姿を渡り鳥にたとえられた筑前さん
の句に○を頂きました。秋の見せる様々な風景を俳句
に切り取られており、改めて行く秋を惜しむ気持ちで
す。作秋の季題にあった花や風景に今年も出会います。
過ぎた日を思い出すよすがとなるのも季題の持つ魅力
だと気付きました。


kazu選
 浜松でのOFF会、その盛況のご様子が、写真
やみなさまのカキコで、充分に伝わって参りま
した。・・・その頃、私はお江戸で仕事でした。
残念!!またの機会に。

  秋晴れや苦虫顔の男行く
 ○小夜更けて我を訪なう秋の雨
  持ちて来し鍋あたたかき秋の暮れ
  姿なき月に一献冷えし夜
  瀬戸川に一羽迷いて渡り鳥

 <選句によせて>
 ・「秋晴れや・・・」爽やかな秋晴れと苦虫の男。
  その対比が面白いです。この対比に、俳諧味を
  感じました。
 ・「小夜更けて・・・」ことばが美しく、流れる
  ような句ですね。ひっそりとした晩秋の夜長に、
  秋の雨の気配を耳で感じる・・・聴覚の冴えた
  句だと思いました。
 ・「持ちて来し・・・」<鍋あたたかき>という表
  現に、季節を感じました。あたたかい鍋を前に
  すると、人々の表情も温かくなりますね。思わ
  ずそのようなことも、想像しました。
 ・「姿なき・・・」今年の月はきれいでした。出
  ている月だけを愛でるのではなく、<姿のなき月>
  に思いを馳せるのも、これまた風流ですね。
 ・「瀬戸川に・・・」<一羽迷いて渡り鳥>、その意
  味するところをあれやこれやと考えると、深い句
  であると思います。ふと、我が身に置き換えてし
  まいました。

FRANK選
 「コスモスや雨の降りける停留所」   よっち
 「末枯や道行く犬に声をかけ」      よっち
 「姿なき月に一献冷えし夜」      すみ
 「羽ばたけば何処のそらへ渡り鳥」   筑前
○「窓の内ぽつねんと居て秋時雨」    kazu
  
コスモスの句、水彩画をみるような優しい雰囲気に
あふれ、写生の好見本と思います。
逆に、末枯の句は徹底した叙情詩ですね。末枯という
言葉と、犬に声をかけるという行為の響きあいが、
「日はつれなくも秋の暮れ」のような世界を感じさせます。
姿なき月の句は、今からすると寒くもないころの句なのですが、
その時々の実感というものを留めて秀句だと思います。
窓の内の句を○で頂きましたが、秋時雨のひっそりとした
風景の中、窓辺で頬杖をついて雨を眺める風情を
描ききって見事だと思います。「ぽつねんと」という
言葉が効いています

よっち選
○「姿なき月に一献冷えし夜」すみ
「秋山は日に照り映えて空青し」FRANK
 「ひそやかに歩み緩めて金木犀」FRANK
 「瀬戸川に一羽迷いて渡り鳥」筑前
 「窓の内ぼつねんと居て秋時雨」kazu

・なんと言っても、一献の句に○を頂きました。
月は見えずとも、月を愛でる心が寒さと対照的に酒を
酌み交わす一献に出ている暖かい句です。
・秋山の明るさが印象的です。
・金木犀は、歩みを緩めて香りを楽しんだのでしょうか。
・瀬戸川は焼津に流れているきれいな川ですが、そこ
で迷っている筑前さんがよく見える句です。
単身赴任ご苦労様です。
・窓から一人で秋の時雨を眺めているのでしょう。しかし
冬の時雨とはまた違う憂いが楽しいです。
11月の作成句
「天気良く文化の日出かけをり」
「水仙の芽が立ちました今朝の冬」
「いなければ淋しきものよ神送」
「風が吹く境内暗く神の留守」
「初時雨懐かしきかな濡れませふ」
「炉開や心新たに引き締めて」
「口切や灰の筋目も新しく」
「茶の花や目立ぬようで目立をり」
「麦蒔の腰を伸ばして休むなり
「大根を洗ふあの子の白い息」
「干大根アフガンの風聞えるや」
「切干のおひさまからの匂いかな」
「茎漬けの匂いに鼻をつまむなり」
「鷹が来てその他の鳥が逃げるかな」
「血を吸いて飛ぶ蚊を眺む冬日和」
「散紅葉山の小道を覆いけり」
「 赤黄茶に虫食い後の落葉かな」
「今朝も掃く銀杏落葉は後少し」
「柿の実と残る梢と柿落葉」
「風吹きて枯葉ゆらゆらまだ落ちぬ」
「ベランダの洗濯物に木の葉かな」
「これもまた神の摂理や木の葉髪」
「木枯らしや空から降りて里ぬけて」
「時雨るや越後平野のホライズン」
「風除もきつちり出来て準備よし」
「神農の祭の虎や占い師」
「網代木や行きは良い酔い帰り道」
「柴漬や小魚たちも寒がりて」
「一陣の螺旋を走る落ち葉かな」
「ひらひらりひらりひらひら木の葉雨」
「居なければどこか寂しく神迎」

今月の投稿句
「菊茹でて忌日数える夕まぐれ」FRANK
「蔦紅葉滅びの色と厭ひけり」FRANK
「秋時雨傘持つ指の凍えけり」FRANK
「空の果て秋桜揺れる心さみし」MOMO
「苦しめど命果てなき我悲し」MOMO
「時雨ける小径を歩くうつむきて」すみ
「夜更けて秋刀魚の腸の苦きかな」FRANK
「軒の鳩耐えて動かず秋時雨」FRANK
「関門の 古戦場近く 帰り花」kazu
「静かなる 寺院の庭に 敷松葉」kazu
「木守りに 一つ残りし 熟し柿」kazu
「口切りの 茶事にゆるりと 時間(とき)の過ぎ」kazu
「散歩道 かりんの実の 大きさよ」kazu
kazuさん投稿文
   ※帰り花※
    春の花が、11月ごろの小春日和の陽気に
   咲くこと。忘れ花ともいう。
    (先日お茶のお稽古に参りました時に、先生に
    「○○の辺りを通りましたら、桜が狂い咲き
     してました」と申しましたら、先生ひとこと。
    「狂い咲きというよりも、<帰り花>と言った方
     が、風流ね。桜もきっと喜びますよ。」と、
     教えていただきました。)
「落ちし葉を ぐいとすいとる 清掃車」kazu
「つかの間の 小春日和を 楽しみて」kazu
「歩み止め 仰ぎて語らい 紅葉狩り」kazu
「そぼ降りし 雨後(うご)の道に ぬれ落ち葉」kazu
「内外(うちそと)を 掃き清めて 神迎」kazu




11月の選句結果
 

すみ選
: ○「干大根 アフガンの風 聞こえるや」 よっち
 「柿の実と 残る梢と 柿落葉」 よっち
 「菊茹でて 忌日数える 夕まぐれ」 FRANK
 「軒の鳩 耐えて動かず 秋時雨」 FRANK
 「関門の 古戦場近く 帰り花」 kazu

紅葉も散り草も枯れ果てて、色寂しい季節ですね。落ち葉が
朽ちていく様は、ほんの少し前までは汚らしく思え目を背け
ていました。今は深い良い色だと思います。茶道の世界では
わざわざ枯れ松葉を庭に敷き詰め、侘びた風情を楽しみます。
計算され尽くした美、それに対して軽井沢で見た開けっぴろ
げな落葉。新鮮でした。

「干大根・・・」
この句に○を頂きました。アフガンには今どんな風が吹い
ているのか。外の広い世界にこころが飛んでいきました。

「柿の実と・・・」
落葉し実だけを残した柿の木すがた。あっけらからんと
した秋の一景色が目に浮かびます。

「菊茹でて・・・」
ふと忌日を数える時間は案外、生活の中の何でもない瞬間
に訪れるようです。悼むこころは時間と共に懐かしさに変
わってきました。菊の咲く頃に大切な方を亡くされたので
しょうか。

「関門の・・・」
古戦場に咲く帰り花、やさしくもあり悲しくもあり。

「軒の鳩・・・」
羽を膨らませうずくまる鳩の姿に目を留めた作者の
視線のあたたかさを感じます。

選句とは別に、
「苦しめど 命果てなき 我悲し」MOMO
どうぞお大事に。お若い方だけに苦しみも深いのかも
しれません。希望に満ちた青春を願います。


FRANK選
 「口切りや灰の筋目も新しく」よっち
 「血を吸いて飛ぶ蚊を眺む冬日和」よっち
 「関門の古戦場近く帰り花」kazu
 「静かなる寺院の庭に敷松葉」kazu
○「歩み止め仰ぎて語らい紅葉狩り」kazu
 
以前にもkazuさんは、壇ノ浦の古戦場を歌枕に
作句なさっていらっしゃいました。文学的によい環境に
お住まいのようで、今後も作品に反映されるのを楽しみに
いたしております。
今回○で頂いた句は、時間のゆるやかな流れや、とりとめのない
会話で、気の置けない仲間と過ごした一日の一コマ一コマが
句のリズムに込められているようです。
口に出し、舌頭に千転させて楽しい佳句と思いました。
「血を吸いて」の句も俳味あふれて大好きです。
漱石でしたか、叩かれた木魚が蚊を吐くと詠んだのは。
あれを思い出しました。


 kazu選
 ○ひらひらり ひらりひらひら 木の葉雨
  千切りの おひさまからの 匂いかな
  軒の鳩 耐えて動かず 秋時雨
  時雨ける 小径を歩く うつむきて
  時雨れるや 越後平野の ホライズン

 <選句によせて>
  ・「ひらひらり」・・・雨が降るように
  ちっていく木の葉。その情景と音が、瞬時
  に伝わってくる面白みを感じました。<ひら
  り>ということばで、ここまで表現できるの
  か!!と思うと、この句に楽しさも見ました。
  ・「切干の」・・・切干大根の香りは、おひ
  さまの香り。それを、<おひさまからの>とし
  たところがいいですね。この句を読んですぐ
  に思い浮かべた光景・・・新田原基地近くの
  畑に干されている、大量の干し大根です。こ
  このは、おひさまの香りに、戦闘機の爆音が
  プラスされているのでしょうね。佐土原産の
  干し大根が好きです。
  ・「軒の鳩」・・・鳩の様子をじっと見てい
  る、作者の観察に徹した視点が素晴らしいで
  す。
  ・「時雨ける」・・・<うつむいて>歩かざる
  をえない時雨の降り方の特徴を、よく捉えて
  いる句だと思いました。
  ・「時雨るや」・・・時雨るなかにも、大き
  な風景の広がりを感じました。

よっち選
 「菊茹でて忌日数える夕まぐれ」FRANK
 「時雨ける小径を歩くうつむきて」すみ
○「関門の 古戦場近く 帰り花」kazu
 「木守りに 一つ残りし 熟し柿」kazu
 「口切りの 茶事にゆるりと 時間(とき)の過ぎ」kazu

・「菊茹でて」は、夕方の暗い台所で菊を茹でている
子を亡くしたお母さんでしょうか、そんな風景が見え
る句です。
・「時雨ける」は、小径とうつむいた姿から、きっと人生に
迷って袋小路に迷い込んだ人を想像しました。そんな時
に限って、追い討ちをかけるように時雨のように試練が
追いかけてくるものです。
・「関門」は、帰り花がぽつんと咲いている。そして、戦い
で亡くなったもののふに思いを馳せる作者の温かさが感
じれら○で頂きました。
・「木守り」の句を読み、比叡山の座禅修行を思い出しま
した。精進料理を頂きますが、生飯(さば)を取り、あとで
庭にまきます。熟柿にそんな優しさを感じました。
・「口切り」は、お茶のゆるやかな時間の経過を楽しんで
いる雰囲気が良く表現されていると思いました。


12月の作成句
「冬の日や一日本を読みあさり」
「冬の日の読書三昧日曜日」
<12月1日14時43分 新宮様誕生>
「冬の雲めでたい風にどこか飛び」
「梟の今日も木の上居りしかな」
「水鳥のもや立ちのぼる薄暮かな」
「初氷指先そつと押してみる」
「しんしんと底冷えの夜の静かさや」
「風受けて泣き虫子虫冬木鳴く」
「冬枯の山道小道散歩よし」
「臘八會無念無想の山の寺」
「大根焚油揚もまた美味いかな」
「風呂吹の年を重ねて美味くなり」
「雑炊の舌火傷して息を吹く」
「葱買いて今日の肴はぬたもよし」
「その場にて蕪採り食う甘さかな」
「そと荒れて熱燗取りし手酌かな」
「お囃子やテンツクテンと里神楽」
「冬山に登る男のザックかな」
「山茶花の山と控えし蕾かな」
「都鳥絵手紙書いて投函す」
「冬の海波迫り来てまた戻り」
「塩を吹く鯨を見たり硫黄島」
「寒鰤を一本捌く腕細し」
「鍋に牡蠣半なま程ですくい上げ」
「味噌搗や食べ過ぎるなと注意受け」
「早咲きの水仙の花クリスマス」
「ひつそりと主張をしをり小菊かな」
「山茶花や紅白にいて競合い」
「庭先のデコレイションやクリスマス」
「一番に高く積まれた日記買ふ」
「年の市用も無いのに声を掛け」
「年の暮淡々として暮らし行く」
「掲示板感謝して見る除夜の鐘」


今月の投稿句
「冬枯れや昭和も遠くになりにけり」虚弱子
「なつやすみおべんきょうよりかくれんぼ」yukirin
「パソコンに夢中になってズボラ−主婦」yukirin
「帰り道 一面広がりゆく 冬銀河」kazu
「ばりばりと 霜枯れし道を ふみしめて」kazu
「初雪の 舞う日にまるく 猫なりて」kazu
「手をつなぎ 歩くふたり イルミネーション」kazu
「花めでて心静まる降誕祭」FRANK
「口きかで清楚さ伝ふ水仙花」FRANK
「足下の小菊空高きこと示しをり」FRANK
「わたつみの 神風吹かぬ 血潮かな」yukirin
「アフガンの上弦の月夜や たれをさし」yukirin
「生かされる その意味考える 降誕祭」kazu
「聖夜には 温かきことば 届きおり」kazu
「年の瀬を せちがらきと ひとくくり」kazu 



12月の選句結果

FRANK選
 ○「寒鰤を一本捌く腕細し」よっちさん
 「冬枯れや昭和も遠くなりにけり」虚弱子さん
 「わたつみの神風吹かぬ血潮かな」yukirinさん
 「生かされるその意味考える降誕祭」kazuさん
 「聖夜には温かきことば届きおり」kazuさん

寒鰤の脂ののって丸々とした様子や、海から上がったばかりの精悍な
風貌と、それを将に捌かんとする台所の女性の白き細腕。
その対照に、着眼のするどさ、対比の妙を感じました。
虚弱子さんの句、ペンネームまで含めてのパロディ、こういうのも
またいいなぁと思います。
本格的な言葉では「本歌取り」といいますね。
yukirinさんの句からは、凛とした潔さを感じます。
たった十七音ですが、古語を交えると雰囲気が変わるところも
俳句の魅力と思います。
kazuさんのクリスマスの二句ですが、これも不思議なもので、
クリスマスにはクリスチャンならぬ私も素直にこういう心に
なります。
論語の話の時にも書きましたが、孔子、キリスト、釈迦といった
レベルまでいくと、道は違っても極めた頂上は一つであるように、
心を動かす共通の何かがあるように思います。 


kazu選
○ 風呂吹きの年を重ねて美味くなり
   年の市用も無いのに声を掛け
   花めでて心静まる降誕祭
   口きかで清楚さ伝ふ水仙花
   アフガンの上弦の月夜やたれをさし

 <選句に寄せて>
 ・「風呂吹きの」・・・味というのは不思議なもので、
  同じものを作っても、祖母と母と私は違います。私の
  は、かどがありますが、祖母と母のはまあるい味なの
  です。年を重ねることで、人のまるみとも相まって、
  味もまるくなる。<美味くなり>の表現から、こんな句
  を・・・「風呂吹きの湯気の向こうの笑顔かな」
 ・「年の市」・・・わかりますこの気持ち。市に活気が
  あるのでついつい声を掛けて、お店の人と掛け合いを
  楽しんでしまう。
 ・「花めでて」・・・花(植物)の力とは凄いものですね。
  花の前にいると、優しく穏やかな気持ちになりますし、
  神の前にいるのと同じように神聖な気分にもなります。
  クリスマスという、世の喧騒と離れて花をめで、静か
  に降誕祭を祝う。この句を読む私の気持ちも、静まって
  くるようです。
 ・「口きかで」・・・口を利かずとも水仙は、その香りを
  もって存在を知らせてくれますね。あのすらりとした姿
  とこの香り、<清楚>そのものですね。すっきりとした句
  であると、感じました。
 ・「アフガンの」・・・9月のあの日から、月はどれだけ
  満ち欠けを繰り返したのでしょうか。悲しみや痛みを抱
  えた人の上にも、逃げつづける人の上にも、戦う人の上
  にも、はるかかなたでこの戦いの行く末を案じる人の上
  にも、等しく月の光は降り注ぎます。平和を祈る作者の
  気持ちが伝わってきます。


よっち選

○「なつやすみおべんきょうよりかくれんぼ」yukirin
 「口きかで清楚さ伝ふ水仙花」FRANK
 「アフガンの上弦の月夜や たれをさし」yukirin
 「生かされる その意味考える 降誕祭」kazu
 「年の瀬を せちがらきと ひとくくり」kazu 

・なつやすみの句ですが、純粋な気持ちがストレートに現れた
句です。こんな句をわたしも作りたいと思いますが、心が純粋
でないと、なかなか出来ません。しかし、読む人を純粋な心に
戻してくれるようです。○を頂きました。
・口きかでの句は水仙の清楚さがいいと思います。
花には、それぞれの表情があります。水仙はまさにこの清楚
がぴったりと思います。
・アフガンの句ですが、中東は太陽より月をデザインした国旗
が多いようです。日本に出ている月もアフガンに出ている月も
同じ月ですが、20年も戦乱に明け暮れ、そんな中で、母親が
戦死した息子を嘆き悲しむ後ろから、上弦の月が冷徹な光で
照らしているような情景をイメージしました。
・降誕祭の句ですが、人類の罪を背負って自ら処刑されたキリ
ストを恩を心しての句だと思います。宗教への目覚めという時期
がわたしにもありますが、そんななかに神への感謝の姿がある
句に思えます。
・年の瀬の句ですが、「せちがらし」との言葉のテンポのよさと
切れのよさがあり、いい句です。