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飛行隊まんが帳(菅原さん作)

飛行隊マンガ帳3
作者:菅原1尉
そして本番・・・・
13.9.28
いよいよ団警備火器射撃大会本番。


何と田中1尉が65点(80点満点)で個人優勝、集団大会の団代表選手となったのだった。
13.10.2
TVを見ていたら「またか・・・」と嘆きたくなる光景が
狂牛病問題で大衆の不安を減らそうというのだろうが、効くと思っているの?
過去にも記憶に新しい所では
O−157問題のカイワレ大根を菅厚生大臣が、
ダイオキシン報道のホウレン草を森首相が、
とパフォーマンスのように「賞味」してましたが、こんなことしても不安は減らなかったし、行政の手抜かりや、遅れをこんなことで免罪されると思ってんでしょうかねェ・・・
『もっと根本的に解決してくれ!!』
あっ これ政府批判じゃないですよ。
さらば〜〜SUBARUよ〜〜
13.10.2
長い間技能審査班長として学生教育の先頭で頑張ってこれらた小林功3佐が12教団への転出のため、この日、LAST FLTを迎えた。
そして、雨となった前日にはオペレーション内で転出の紹介があった。
13.10.12
大体切羽詰るまで何もしない航学出身のS原1尉であるが、いいかげんに米軍交換幹部の教育用資料をまとめなければならなくなり、前回の資料があるだろうとタカをくくって団運用班長に探してもらていたのだが・・・・

結局”0”から教育資料を作るハメになってしまったのだった。

悪戦苦闘は翌週、本番直前まで続いた。
01−A FINAL PARTY
13.10.19
この日、01−Aの卒業パーティーが催された。
1次会”にんにくや”
2次会”馬車道”

だが「にんにくや」の宴会のツケは翌朝現れた・・・

こんな扱いを受けたのは私だけでないはず!
俺だけかなァ・・・・
米軍交換幹部に対する乙種航空無線通信士資格取得のための教育(般命のタイトルだけど長えな〜おい)
13.10.15〜17
いよいよというか遂に交換幹部のルース大尉が来隊した。菅原1尉が一番心配していたコミュニケーションも吉祥寺の日本語学校を出ており、日常会話は全く問題なし。
前任の交換幹部からかなり汚い日本語まで教わっていたが・・・・

何と当日朝0400までPOWER POINT作りをしておたS原1尉

Capt.AllenC.Ruth
Tac Name:TROUT(トラウト 鱒)
元々はカデナのF−15乗り
COPE NORTHで新田や千歳に来たこともある。

そして授業もスムースに(本当かナ?)こなし、予定の内容は午前中に終わったのだった。(内容が乏しかった?・・・)
ちなみにこのTAC NAME(TROUTトラウト)の由来はというと・・・・
カデナでのLOCAL慣熟訓練帰投時、
突然、IPのLDR(TACNAME:PSYCHOサイコ)から、「TAKE LEAD」と言われてパニックになった彼がTWRからの「RE・ENTER」(DEP TRAFFICのため)指示を聞き逃し、DEPのF−15の直前をPITCH OUTして#2位置のIPが思わず言った。
TWO.ROLL OUT!

・・・がなまったものらしい。(本人談)
集団司令官視察
13.10.18
永野伝説は最後まで・・・?
13.10.23
01−A卒業式の日、前日の予報ではLOW CLDが残り雨も混じるかもと言われておりFLY BYが危ぶまれていたのだが・・・・

ところが
ヒソヒソ
IRANに入った614のギアドクラックの件で飛行時間3000時間以上の全部にクラックが発見され2000時間以上も点検するらしいぞ。
1STのFLY BYは飛行機出てこないかも知れんなァ・・・・
私が団司令だったら「FLTしていい」って言えないっすよ・・・・
ヒソヒソ
だが、何とかA/Cをかき集め(配属替え待ちで団マーク消したものも・・・)祝賀飛行は実施されたのだった。
最後まで危うい01−Aの面々であった。
集団持続走大会
13.10.25
この日、教育集団持続走大会が行われた。
団体、個人戦が南北連絡道路を中心に行われた。
我が隊からも総括班長が監督として参加した。
そして、個人戦には総括班の坂野1曹がエントリーし、他選手を威嚇−失礼−威圧しながら力走したのだった。
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